なぜ「人的資本開示」が義務化されたのか

(3)人的資本

もうひとつ、2023年3月期決算の有価証券報告書から、新たな項目の記載が義務付けられました。「人的資本開示の義務化」がそれです。

川口宏之『有価証券報告書で読み解く 決算書の「超」速読術』(かんき出版)

人的資本に関する情報を有価証券報告書に記載し、ステークホルダーへ開示することが義務付けられたのです。

人的資本とは、人が持っている能力を会社にとっての「資本」として捉える考え方です。よく「人的資源」という言葉が使われますが、それに近いでしょう。人的資源というと、なんとなく使い捨てられる、効率よく消費される、というイメージが先に立ちます。これは経済が高度成長し、人口がどんどん増えるなかで、労働人口も増え続けた時代の考え方と言ってもいいのかもしれません。

こういう時代において、人は資源ではなく、単なるコストと考えられていました。だから、社員にかかったお金は会計上、「人件費」というコストとして見なされ、損益計算書上においては販売管理費に含まれていたのです。しかし、本格的な人口減少社会になり、労働人口がどんどん減っている昨今において、人はけっして使い捨てられる資源ではなく、将来、より大きな成果を会社にもたらす「資本」として捉えられるようになってきました。

人件費の本質はコストではなく投資である

会社に大きな成果をもたらすためには、人を育てなければなりません。あるいは、社員にとって働きやすい職場環境をつくったり、社員の健康状態に配慮したり、正社員と契約社員、男性社員と女性社員などの区分けに関係なく、誰にでも公平に昇進の機会が持てるようにすることも必要になります。そこで会社は、人的資本をより手厚いものにするため、人に対して投資をする必要があります。

会計ルール上、「人件費」というコスト扱いにせざるを得ませんが、その本質はけっして「コスト」ではありません。投じた資金を上回るリターンが得られることを期待して行う、まさに「投資」なのです。

そして、人的資本への投資は、企業価値の向上につながっていきます。