USスチールは30年前から下降線をたどっていた

――USスチールは中国産の安価な鉄鋼などに押され、国際競争力が低下しています。今回の買収が実現しなかった場合、同社は自力で国際競争力を取り戻せるのでしょうか。

私は鉄鋼問題の専門家ではないが、歴史的な観点から見ると、USスチールの弱体化は今に始まったことではない。私が大学の授業で取り上げる1994年公開の米ドキュメンタリー『Challenge to America: Competing in the New Global Economy』(アメリカへの挑戦――新グローバル経済で競い合うこと)を見れば、それがわかる。

同作品はヘドリック・スミスによる良質の作品だが、「Challenge to America(アメリカへの挑戦)」というタイトルからもわかるように、「日本やドイツのほうが優れた経済モデルを築いている」「アメリカよ、目を覚ませ。これは(新グローバル経済の)挑戦状だ」といった内容だ。

注:ヘドリック・スミスは、英国出身のピュリッツァー賞受賞元ニューヨーク・タイムズ紙記者・エミー賞受賞プロデューサー。

当時は日米貿易摩擦もほぼ収束しており(注:日本の牛肉・オレンジ輸入自由化は1991年)、ビデオでは日米とドイツ、3カ国の経済モデルが取り上げられている。なかでも日米独の鉄鋼業界に焦点が当てられており、日本製鉄(当時の新日本製鉄)とUSスチールが登場する。

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同作品では、旧新日本製鉄が開業したテーマパークで元製鉄所の従業員が働いている姿が映し出され、本業の雇用が減っても失業せずに済み、会社が面倒を見てくれる様子が描かれている。

注:1990年4月、当時の新日本製鉄が福岡県北九州市に開業した大型テーマパーク「スペースワールド」を指す。2017年末に閉園。

そして、アメリカ人として見ていられない、ゾッとするような場面が出てくる。同作品で最も秀逸な場面の一つでもあるが、それはUSスチールの経営幹部が取材を受けているシーンだ。

インタビュアーはUSスチールの経営幹部にこう尋ねた。「あなたの会社ではダウンサイジングが進んでいますが、(リストラするのではなく)従業員の面倒を見るべきだとは思いませんか」と。すると、その経営幹部は次のような言葉を発した。「アメリカでは、そういうわけにはいかない」と。実に冷たい印象を与える返答だった。

つまり、USスチールは30年前から、すでに下降線をたどっていたのだ。アメリカの鉄鋼メーカーは新テクノロジーの導入に出遅れた。特に自動化の点で、日本の鉄鋼メーカーのほうがずっと先を行っており、当時から生産システムもはるかに効率的だった。

繰り返すが、私は鉄鋼問題の専門家ではない。だが、30年前に日本や欧州の鉄鋼メーカーのほうが、より優れたシステムを築いていたとすれば、現在も同じだろう。