1日でビデオを15時間も分析し“勝ち筋”を作る

チームとして何を信じるかが、より明確になった。新しいことに取り組んだとき、上手くいかないと「元に戻したほうがいいのでは」と後ろを振り返りたくなる。だが、恩塚ジャパンは前を向いた。惨敗したW杯が大きなターニングポイントになった。

このW杯から約1年後の2023年9月のアジア大会前の練習後。円陣を組んだキャプテンの林咲希が強い口調で言った。

「こんなんじゃダメだよ」

ミスに対して危機感を持っていないと感じることが何回かあったようだった。林は選手の主体性を重んじるやり方、怒らない指導に不安があると明かしてくれた。それに対し恩塚HCは率直に「もしそこがストレスになるんだったら、言ってほしい。こちらはいくらでも(選手個々に)ちゃんと伝える」と応じた。

「僕が厳しいこと(檄を飛ばすなど)を言わないことで、選手がストレスを感じることがあるんだとしたら、ちゃんと話し合って解決しようよっていうのはずっと伝えていた」

上意下達ではなくあくまでも対等な関係性を築こうとした。努力が実ったのか、1月の世界予選前は全員が同じ方向を向いていた。予選の3カ月前から自宅にこもり、対戦する3カ国のビデオを1日で最長15時間観続けた。分析し重要場面を1万クリップも切り出し、それらを整理して「勝ち筋をつくった」。マインドセットも作戦も万全だった。後付けになるかもしれないけれど、と前置きしつつ「正直負ける気はしなかった」と振り返った。

“最後のピース”としての自己決定力

前回大会で銀メダルを獲得したチームなのだからパリ出場を当然と見る向きもあるが、実は簡単なことではない。東京は、日本がほぼノーマークに近かったことが有利に働いた事実は否めない。実際、東京五輪後の2022、23年に挑んだ三つの国際大会では、日本が得意な外角シュートや速攻を封じ込められた。東京五輪で世界を驚かせた日本のスモールバスケットは研究し尽くされていた。

他国の分析眼をかいくぐり、なおかつ金メダルというパズルを完成させるには最後のピースが必要だ。それこそが自己決定力。主体性ではないか。

撮影=遠藤素子
取材に応じる恩塚亨HC。カウンタースキルを高めるためにも「選手一人ひとりが自分で状況を判断する力をつけることが重要だ」と語る

東京五輪の決勝。それぞれがスペシャリストとして自分の役割を遂行しようとしたときに、自分の強みを消しに来られたら、「次の手」がなかった。強みを消されたとしても「相手にジレンマを与えるようなカウンタースキルが必要」(同HC)だ。それはテクニックに加えて判断する力が必要になる。

「相手にこれを守られるんだったら、こっちは別の動きを作るよ、って状況を作るためには、現状を判断する力と技術が必要なんです」

それは他のスポーツにも言えることでは? と尋ねると「(日本全体が)転換期なんだと思う」とうなずいた。