経済政策的には過去にない実験をしている

本当に「物価が上がれば、賃金が上がる」のか。確かに、儲かっているのに賃上げをせず、内部留保を蓄えてきた大企業は、物価上昇で困窮する社員の不満を和らげるために賃上げをする余力があるのだろう。だが、多くの中小企業は物価上昇の中でそれに上乗せして賃上げを行う余力に乏しい。

政府は企業に対して、コスト増加分を価格に転嫁することを「奨励」している。下請け会社の納入価格引き上げを受け入れるよう中小企業庁や公正取引委員会を使ってハッパもかけている。だが、考えれば分かることだが、そうして価格転嫁が進めばさらに物価が上昇するわけで、結局は賃金上昇率が物価上昇率に追いつかないということになるのではないか。物価を上昇させれば「物価と賃金の好循環」が起きるというのは経済政策的には過去にない実験である。

日本銀行はゼロ金利政策の解除を決めた。これで金利上昇が起きるのかと思いきや、植田和男総裁は「マイナス金利政策を解除しても当面緩和状態は続く」と発言している。通常は物価上昇、つまりインフレを抑えるために金利を引き上げるというのが教科書通りの手法だが、金融緩和状態が続くという。この発言を受けて、外国為替市場では円安が進んでいる。マイナス金利を解除すれば日米金利差が縮小して円高になると言ってきたエコノミストや為替アナリストの見立ては外れることとなった。ドル円相場は1ドル=152円直前まで円安が進み、1990年以来34年ぶりの円安水準になった。

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円安政策は日本人を貧しくしているだけではないのか

政府と日銀は一体となって「円安・物価引き上げ」政策を採っていると見ていいだろう。円安が進めば、輸入物価は上昇し、タイムラグを置いて消費者物価が上昇する。岸田首相が言う「物価が上がれば、賃金が上がる」という理論を実践しているようにみえる。

だがそうした円安政策は、日本人を貧しくしているだけではないのか。1ドル=151円台後半が34年ぶりと報道されているが、これは正しくない。34年前の1ドルと現在の1ドルではまったく価値が違うからだ。しかもここ数年の米国でのインフレによってさらにドルの価値は下がっている。つまり、日本円の価値は34年前どころかさらに下落していると見るべきなのだ。

それを示すのが「実質実効為替レート」。円の実力を示す指数だ。これによれば、2020年を100とした指数で2024年2月は70.25と2023年11月の71.44を下回って過去最低を記録した。1ドル=360円だった1970年1月の75.02を大きく下回っているのだ。円の力は1ドル=360円時代よりもさらに劣化していると言える。海外へ行ってレストランに入れば、日本円の弱さを痛感する。