「only one」と社会と調和しないことは別物
この「個性」と同じような考え方に「only one」があります。かつて「世界に一つだけの花」という歌が大流行しましたが、そのあたりから爆発的に広がったように記憶しています。「自分はonly oneだ」「うちの子はonly oneなんだから」という声に対して、現代では非常に異議を唱えにくい風潮があります。
しかし、「only one」であることと、社会と調和しようとしないことや、社会からの要求に応えないことは別なはずです。唯一の自分であっても、大勢の中の一人であるという事実は変わりません。その事実を無視し、社会の中で「only one」として振る舞えば振る舞うほど、社会からは「調和しない人」として扱われる恐れがあります。その扱われ方は、おそらく「自分はonly oneだ」と主張する人が望むそれとは大きく隔たりがあるものになってしまうことでしょう。
「only one」と「one of them」のバランス
精神科医の中井久夫先生は、人間の精神的健康の条件として「only one=唯一の自分」であるという自覚と、「one of them=大勢の中の一人」であるという自覚のバランスを挙げています。これらは互いに矛盾するものですが、その矛盾をそれ以上詮索することなくいられる状態が重要であるということです。
個性の尊重であれ「only one」であれ、重要なのはバランスです。個性を尊重するあまり集団への調和を軽視してもいけませんし、「only one」であることに重きを置くあまり「one of them」であることを受け容れられないようでは困るわけです。
私は、このような個性や「only one」についての偏った社会の風潮が、本書の第2章の冒頭で挙げている「思い通りにならないことに耐えられない」といった子どもの状態を招いていると考えています。幼いころから「個性尊重」「only one」という主題を中核に据えて育てられてきた子どもたちが、いざ学校という「外の世界」に出立するにあたり、調和の難しさ、環境への不快を訴えるのは自然と言えば自然です。
また、「個性尊重」や「only one」が変質して、子どもの否定的な側面から目を逸らす盾となってしまったならば、子どもたちは「こころの奥底にある自信の無さ」を共有される機会も得られず、また、その自信の無さを覆い隠すように「万能的な自己イメージ」を前面に押し出すことも無理がないと言えるのではないでしょうか。
・内田樹(2011)『「おじさん」的思考』角川文庫
・Sullivan,H.S.(1953)『The Interpersonal Theory of Psychiatry』中井久夫・宮﨑隆吉・高木敬三・鑪幹八郎(訳)(1990)『精神医学は対人関係論である』みすず書房
・中井久夫・山口直彦(2004)『看護のための精神医学 第2版』医学書院