ベッドには「下駄」が履かせてあった

こんなに傾いていて健康面に問題はないのだろうか。

エクセルシオールの傾きは日本建築学会が規定する「めまい、頭痛、はきけ、食欲不振などの比較的重い症状」をきたす範囲の度数だ。

「父が1976年にこのマンションの別の部屋をセカンドハウスとして購入し、私は学生時代から週末ごとにエクセルシオールを訪れていました。私のこの物件は2008年4月に購入しました。傾きには慣れているので全く気になりません」とペリン氏の笑顔に陰りはない。

1970年完成のエクセルシオールは、その建設途中から地盤沈下が生じており、ペリンさんの父はそれを承知で物件を購入したそうだ。当時の地盤沈下は5年間で1メートルと著しく、1977年には住民が一時避難したこともあった。

「もう一つお見せしましょう」と夫婦の寝室に案内された。キングサイズベッドの足側の2脚が「下駄」を履かされ、水平に就寝できるよう角度調整が施されていた。

筆者撮影
長さ2メートルほどのベッドの「下駄」の高さからも勾配が確認できる

「慣れている」とはいえ、就寝中ばかりは心も身体も安らぎを求めているようだ。

毎年2センチ以上も沈み続けるタワマン

「このマンションは、すぐ脇を通る水路側に1.8メートルほど沈下しているんです」

筆者撮影
明らかに右側の水路の方向に傾いている築54年のエクセルシオール

こう語るのは、19年からエクセルシオール住民代表を務めるマリア・イネス・シェディッドさん(59)だ。シェディッドさんは幼少期から50年以上このマンションに暮らしており、建物の沈下度合いを市に報告し続けている。

「エクセルシオールは今も1年で平均して2.2センチのペースで傾き続けているんです」というから驚きだ。

傾きの進行はまるで、やがて訪れる“その時”までゆっくりと時を刻んでいるかのようだ。

筆者撮影
傾きマンションの麓では何気ない日常が展開されている

昨年傾き物件数を発表したサントス市役所は、倒壊の危険はないとしながらも、物件に対して2年ごとに地盤沈下の調書を提出することを義務付けている。

「市役所からは修復工事をするようにちょくちょく言われています。実はこのまま放置しては危ないと考えているのでしょう。にもかかわらず銀行も市役所もまったく融資してくれません」とシェディッドさんの語調はやや強い。

筆者撮影
住民代表のマリア・イネス・シェディッドさん(左)と部屋の所有者のペリン夫妻