孫正義は、なぜ高校生に投資するのか

「参加者の皆さんは、それぞれ違う夢を持っていると思います。『起業家になりたい』という人もいるかもしれません。『パン屋さんになりたい』という人もいるかもしれません。『ピアニストになりたい』という人もいるかもしれません。中には『プロスポーツ選手になりたい』という人もいるかもしれません。皆、それぞれの夢があり、それぞれの未来があります。皆さんがこの夏に経験することが、大きな影響を与えると信じています。皆さんには、この機会を生かし、それぞれの成功につなげて欲しいと思っています」

合州国は、ソフトバンクは、孫正義は「投資のリターン」をどのようなかたちで計算しているのか。プログラムに参加した高校生とその周囲がソフトバンクのファンになって、契約数とARPU(アープ。Average Revenue Per User:月間通信事業収入)増加につながる。そういう目先のリターンもソフトバンクが無視することはないだろう。

「社会貢献をしている企業として名を売る」ということはリターンになるのか。これは考えにくい。なぜなら「TOMODACHI~」にソフトバンクがお金を出していることは、ほとんど知られていないからだ。コカ・コーラなど、企業による被災地支援は数多くあり、前出のジャパン・ソサエティーをはじめとする合州国組織の支援も多い。たとえばコカ・コーラはソフトバンクと同じく「TOMODACHI」に賛同・支援し、高校生をアメリカに送る「TOMODACHIサマー コカ・コーラホームステイ研修プログラム」を行っている(規模は約2週間、人数は60名と、ソフトバンクより小規模だが、ソフトバンクと異なり3年間継続することを明言しており、最終的にはぴたり同じ数の300人を送る予定だ)。ソフトバンクだけが屹立して目立ち、“広告効果”を生じさせているとは考えにくい。

では長いスパンではどうか。合州国政府の見込むリターンは、「合州国のファンになる日本人を増やすことが、合州国の国益を生む」というソフト・パワー戦略で説明できるだろう。では、孫正義の見込むリターンは何か。

孫の足跡(特に買ったばかりの企業を売っ払う速さ)を見ると、そもそも「長いスパン」という仮説が成立可能なのかどうか疑問も湧くが、高校生相手の短期投資回収が想像しにくい以上、「長いスパン」という仮説もまったく無効ではないだろう。

孫のここまでの言動を手がかりに、仮説をひとつ立ててみる。日本の高等教育のパターンに縛られない「それぞれの成功者」が誕生すること、「非常識」を標榜していた孫の行動がこの国の「常識」になること、すなわち、300人の孫正義が誕生することが孫にとっては「成果」なのではないか。これは自分の人生が肯定されるといった文学的な話ではなく、そのほうが、孫正義にとって今以上に商売がやりやすくなるであろうから。

この連載では「TOMODACHIサマー2012 ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」に参加した高校生たちを、彼ら彼女らが暮らす土地に訪ね、「将来“何屋”になりたいか(どんな仕事をしたいか)」を訊いていく。彼ら彼女らが考える進路が、「300人の孫正義」、すなわちこの国の新しい常識になり得るものなのかを考える。また、合州国での3週間で得たものは何か、そして被災の経験は、進路を考える際にどのような影響を与えているかも訊いていく。他校他県の友だちを得たこと、合州国で出合った大人たちと話したことが、進路選択に与えた影響を訊いていく。被災地には合州国海兵隊からボランティアの芸能人まで、多数の「大人」がやってきた。自分たちが暮らす土地の大人たちが、非常事態の2年弱の間に何をしたのか(もしくは、しなかったのか)も見た。高校生たちは大人をどのように見ているのか。その視線の意味も訊いていく。

(次回に続く)

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