「父親が性犯罪者になる」ことの苦悩
茂雄はこれまでも男女問わず、子どもたちを家に連れてくることがあった。妻はその度に、いつも子どもたちにお茶菓子を出していたのだ。警察は、余罪がかなりあるとみて調べを進めている。妻は、一度だけではなく、これまでも自分がいるところで茂雄がわいせつ行為に及んでいたかもしれないと思うと、自責の念に駆られ、胸が押し潰される思いだった。
地元に住んでいる長女も事件の影響に悩まされていた。茂雄が逮捕されたニュースが流れた瞬間から、この地域は事件の話題で沸いていた。長女は、連日のように住民たちから事情を聴かれ、対応に窮していた。
「娘も学校でいろいろ聞かれているらしく、おじいちゃん何したの? って言われて……」
長女もまた、憔悴しきっている様子だった。父や夫が性犯罪者になるということは、女性の家族にとってはこの上ない屈辱である。
「もう、父のことは許せないです。とても面会なんか行く気になれません……」
加害者に失望と怒りを隠せない家族の中で、唯一、同情の余地を残している長男が事件の処理を担い、警察署にいる茂雄に面会に行くことになった。
面会で語ったのは謝罪ではなく「食事への不満」
「ここの飯は冷たくて不味いんだよ。揚げ物が多いしね」
警察署の面会室に現れた茂雄が長男に最初に語ったのは謝罪ではなく、食事への不満だった。茂雄の表情から、反省している様子は少しも見られなかった。
「悪いことをしたとは思ってないんでしょうね……」
長男はため息をついた。長女は、
「もう刑務所に行ってもらったほうが私たちも安心です。この辺をうろうろされるようになったら困るって言う近所の人たちもいるので……」
と、茂雄の保釈に協力するつもりもないという。これまで一度も女性トラブルなど起こしたことのない茂雄が、なぜ犯行に手を染めることになってしまったのか。私は家族の代わりに茂雄に面会に行くことになった。
面会室に現れた茂雄は、他人の私に対しては丁寧に対応し、日々、後悔している様子だった。
茂雄は昔から趣味もなく、教師一筋の人生だった。定年後も仕事を続けたかったが、地元には高齢者が働ける場所は少なく、都市部まで仕事に行きたいと妻に相談したが反対され、仕方なく子どもの見守りボランティア活動の日々を選んでいた。