気持ちを察して動くのは生徒のためにならない

【黒坂】「困っている」という発信をする練習は、どのような形でするのでしょうか?

【東野】例えば、職員室の入り口に黙って立っている子とかがいるんですよね。何か用事があるのだろうと思っても、こちらからは声をかけず、生徒が切り出すまで待つ。切り出した言葉が単語だけで、文章になっていなかったら、「誰に?」「いつ?」など、質問をします。「いわなければ伝わらない」ということを知る必要があるのです。

【黒坂】親として反省するところです。親は、子どもが何か一言いっただけで、何をしてほしいかがだいたいわかってしまうものです。それでこっちが動いてしまうから、いつまでたってもできるようにならない。

【東野】そうそう、難しいんですよ。赴任してきたばかりの先生も同じです。生徒がいう前に、察して動いてしまう。待つのって難しいですよね。でも大人が待たないと、子どもは成長しないんです。

【黒坂】就労を目指した教育をする根底には、どのような思いがあるのでしょうか?

【東野】こんな話を聞いたことがあります。「日本理化学工業」という会社の社長さんの話です。この会社ではチョークをつくっているのですが、従業員のおよそ7割の方に知的障害があるんですね。その社長さんは最初、養護学校(現在の特別支援学校)の先生に懇願されて、障害のある子を採用するようになったのですが、最初のころ、疑問に思ったことがあったそうです。

「この子たちは、施設でのんびりと暮らすこともできる。なのに、どうしてわざわざ働きたがるのか」と。それであるとき、禅寺のお坊さんに尋ねたそうです。するとお坊さんは、人間には4つの幸福があると教えてくれたそうです。

僧侶が語った「4つの幸福」

【黒坂】4つの幸福、ですか。

【東野】1つ目が人に愛されること。2つ目が人にほめられること。3つ目が人の役に立つこと。4つ目が人に必要とされること。施設で暮らしていても、人に愛されることはかなうかもしれない。けれど、人にほめられ、人の役に立ち、人に必要とされるという幸せは、得られない。この3つの幸せは、働くことを通じて実現できる幸せなのです、と。その話を聞いて、社長さんは障害者をまた雇おうと心に決めたそうです(*2)

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【黒坂】愛されること。ほめられること。人の役に立つこと。人に必要とされること。障害のあるなしにかかわらず、胸に響きますね。

【東野】僕は、このなかのひとつでもあれば幸せは感じられると思うんですが、「たまがわ」の子どもたちが働きに出れば、そこでほめられることもあるでしょうし、人の役に立つことも、人に必要とされることもできます。

【黒坂】愛されることもあります。

(*2)坂本光司『日本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版、2008)