記者の認識を真っ向から否定した上皇陛下の回答

振り返ってみると、平成17年(2005年)11月に皇位継承の安定化に向けた有識者会議報告書が提出された時、天皇誕生日に際しての記者会見で以下のような質問が出された。

「皇室典範に関する有識者会議が、『女性・女系天皇』容認の方針を打ち出しました。実現すれば皇室の伝統の一大転換となります。陛下は、これまで皇室の中で女性が果たしてきた役割を含め、皇室の伝統とその将来にはついてどのようにお考えになっているかお聞かせください」

この時、記者側は皇位継承資格の「男系の男子」限定という今や一夫一婦制の国では世界中にほとんど類例がないルールを変更することは、「皇室の伝統の一大転換(!)」という捉え方をしていた。しかし、これへの上皇陛下のお答えは次のような内容だった。

「私の皇室に対する考え方は、天皇及び皇族は、国民と苦楽を共にすることに努め、国民の幸せを願いつつ務めを果たしていくことが、皇室の在り方として望ましいことであり、またこの在り方が皇室の伝統ではないかと考えているということです。女性皇族の存在は、実質的な仕事に加え、公的な場においても私的な場においても、その場の空気に優しさと温かさを与え、人々の善意や勇気に働きかけるという、非常に良い要素を含んでいると感じています」

天皇というお立場でのご発言は一般の皇族方以上に強く制約され、しかも皇室典範の改正という現在の憲法では国会の専権事項とされているテーマに関わる言及なので、もちろんストレートな表現は避けておられる。しかし、このご発言は、男系男子限定ルールの見直しは「皇室の伝統の一大転換」という記者たちの認識を、真正面から否定したものだった。

皇室の伝統とは、狭い男系男子主義などではなく「国民と苦楽を共にすること」だ、と。

上皇陛下のお答えと記者たちの質問を対比すると、記者たちの感覚の“古さ”が浮かび上がる。

上皇陛下の「安定的な皇位継承」への願い

上皇陛下は平成28年(2016年)8月8日、ご譲位を望まれるお気持ちをにじませられたビデオメッセージを、このようなお言葉で締めくくっておられた。

「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話いたしました」

これはまさに「安定的な皇位継承」への強い願いを吐露されたものにほかならないだろう。

国会もそのことに気づいていたはずだ。だからこそ、上皇陛下のご譲位を可能にした皇室典範特例法が成立した時に、附帯決議において政府に対し「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」について検討するように求めたのである(平成29年[2017年]6月)。これは先のビデオメッセージへの国民からの誠実なアンサーだったともいえる。