30分に1回サイレンが鳴る

歌舞伎町のヤクザマンションといえば、漫画家の山本英夫氏が『殺し屋1』(小学館)の舞台として描いたことでも有名である。作中には、マンションがヤクザ同士の抗争の現場となり、組が所有するSMクラブのプレイルームで、組員が皮膚に針を刺して天井から吊られ、拷問を受けているシーンがある。漫画のなかの話であるとはいえ、これから同じマンションに住むと思うと鬱々とした気分になってくる。

不用意に街のことを探りすぎ、いつか自分も同じような目に遭ってしまうのではないのだろうか。私は針が大の苦手で注射のときはいつも診察室のベッドに横になり、看護婦さんによしよしされながらやっとの思いで血を抜かれている。皮膚に針を刺して天井から吊られるなんて、絶対に無理である。

近くにある「九ラー」(九州ラーメン博多っ子)で晩飯を食べマンションに戻ると、1階の吹き抜けに手向けられた花に、3人組のホストが缶コーヒーをお供えしていた。同僚のホストが飛び降りたのだろうか。

筆者撮影
ヤクザマンションの吹き抜けにはいつも花が手向けられている

夜になると街中でサイレンの音が鳴りだした。すぐ近くに救急車が停まり、拡声器から救急隊の声が聞こえる。サイレンの音が聞こえるたびに現場に飛んでいけば、そのうち何か事件のネタが掴めるんじゃないか。そんなことを考えていたものの、30分に1回は鳴るサイレンをまえに、その計画はすぐに中止となった。

筆者撮影
ヤクザマンションのベランダに出ると周りはラブホテルばかりだ

ベランダに出ると、目のまえの駐車場で女子大生のような女がものすごい勢いで嘔吐おうとしている。向かいのホテルバリアンの窓には裸の女性がぼんやりと透けて見える。服を脱いでいる最中なのか、シャワーを浴びているのか、騎乗位で跳ねている最中なのか見分けはつかなかったが、そのシルエットに私はしばらく見とれてしまった。

「同業者が住んでないマンションに住みたい」

歌舞伎町の近辺(東新宿エリア)に住む風俗嬢たちの悲願、それは新宿6丁目にそびえ立つ地上32階建ての「コンフォリア新宿イーストサイドタワー」に、担当ホストと同棲することである。歌舞伎町は風俗の街と言ってもいいが、なにも風俗の街は歌舞伎町だけではない。風俗は日本各地に散らばっており、ソープランドだけで考えればやはりメッカは台東区の吉原であり、川崎の堀之内だ。つまり、歌舞伎町近辺に住んでいるのはホストクラブに通い詰める一部の風俗嬢ということになる。

深夜になると東新宿エリアでは、ホストと風俗嬢の同棲カップルがペットのチワワをガードレールに括りつけ、スーパーマーケットのマルエツで買い物をする姿をよく目にする。しかし、担当ホストとの同棲という夢を叶えた彼女たちには、一生解決することのない悩みがある。

歌舞伎町にある水商売専門の不動産会社で働く社員は、いつも彼女たちの不毛な相談に明け暮れるという。

「コンフォリア以外にもホストや風俗の子に人気のマンションはいくつかあります。彼女たちはいつも、“同業者が住んでいないマンションに住みたい”と言うんです」

風俗嬢が担当ホストとの同棲を実現する第一段階として、まずは東新宿エリアにマンションを借りること。そして、店に通いつめ担当ホストと身体の関係を持ち、その回数が増えていき、「もううちに住んじゃいなよ」と自宅にホストを転がり込ませる。典型的な成功パターンである。