中国の覚醒剤は2010年代半ばごろまでは、主に中国南部で生産されていたが、その後はミャンマー、タイ、ラオスの3カ国が国境を接する「ゴールデントライアングル(黄金の三角地帯)」と呼ばれる地域で生産されるようになった。

この地域では他にヘロイン、ケタミン、合成麻薬(MDMA)なども生産されているが、ジャングルに囲まれていて様々な軍閥や民兵組織の支配下にあり、警察の目が行き届いていないため、大規模な麻薬生産施設を隠すのに都合の良い場所になっているという。

背後にいる中国系「麻薬マフィア」の存在

このような違法薬物ビジネスを牛耳っているのは、「サム・ゴー・シンジケート(SGS=三合会)」と呼ばれる中国系の麻薬マフィアだ。この犯罪組織が、中国が違法薬物を世界中に供給する上で大きな役割を果たしてきた。

SGSは世界中に数十万人から数百万人の構成員と準構成員を抱え、東アジアから北米、ヨーロッパ、アフリカ、オセアニアなどで活動し、日本や韓国、台湾、タイ、ラオス、ミャンマー、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドなど各国の犯罪組織と協力関係にあると考えられている。SGSはアジア太平洋地域に出回っている覚醒剤やヘロインなど違法薬物の40~70%を供給しているというが、紅茶の茶葉のパッケージに麻薬を隠して密輸するやり方はよく知られている。

ロイターの「アジアのエル・チャポを追って」(2019年10月14日)と題する調査報道によると、この組織は2018年の時点で年間80億ドル(約1兆1160億円)から177億ドル(約2兆5665億円)の不法利益を得ていた可能性があるが、東南アジアのカジノの規制が不十分なことを利用して利益のかなりの部分を資金洗浄しているという。

麻薬マフィアのボスは逮捕されたが…

この巨大麻薬シンジケートを率いているのが、中国系カナダ人のツェ・チー・ロップだ。彼は中国南部の広東省で生まれで、毛沢東時代の文化大革命を経験した後、SGSのメンバーとなった。その後、犯罪活動の聖域を求めて香港に移住し、さらに1988年にカナダへ移住、トロントで麻薬犯罪組織の基盤を築いた。

それから当時米国で大きな力を持っていたイタリア系マフィアのファミリーと協力し、カナダから米国にヘロインを密輸したが逮捕。ニューヨーク州の連邦検察に起訴され、懲役9年の実刑判決を言い渡された。

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懲役のほとんどの期間をオハイオ州にあるエルクトン連邦矯正施設で過ごしたロップ受刑者は、出所後はSGSのボスとして覚醒剤やヘロイン、合成麻薬などの生産と東アジア地域やオーストラリアへの密輸に力を入れた。しかし、オーストラリアに大量の覚醒剤を密輸した罪を問われて、2019年にオーストラリア連邦警察(AFP)から国際指名手配された。

そして2021年12月、オランダの警察はオーストラリア政府が発行した令状に基づき、アムステルダムのスキポール空港に降り立ったロップ容疑者を逮捕した。2022年12月、オーストラリアに身柄を引き渡された彼は同国内で裁判を受けることになった。