押収した薬物は「2500万人分の致死量」
今回の起訴にあたっては、連邦麻薬取締局(DEA)の捜査官が約8カ月間にわたって中国企業への潜入捜査を行い、さまざまな証拠を集めたという。
たとえば、被告となった企業はフェンタニルやその原料を米国やメキシコへ輸出する際に、国境検査で検知されないように製品ラベルの偽装、税関申告書の偽造、検問所での虚偽申告、フェンタニルの基礎物質のわずかな修正や新しい分子を加えることで他の物質のように見せかけて、検査を逃れようとした。これは化学では「マスキング」と呼ばれる手法で、元の物質に戻すことは容易だという。
DEAの捜査官は、潜入捜査の過程で被告企業が米国やメキシコへ密輸しようとしたフェンタニルの原料200キロ超を押収したが、これには約2500万人を殺害するのに十分な致死量が含まれている可能性がある。
実際、米国では2021年に10万7573人が薬物の過剰摂取で亡くなり、そのおよそ3分の2にあたる7万7153人がフェンタニルによる死亡となっている(米疾病管理予防センター・CDCの調査)。
司法省のリサ・モナコ副長官は、「私たちは麻薬カルテルが“毒物”を販売するための化学物質を大量に生産し、輸出している中国企業とフェンタニルのサプライチェーン(供給網)とのつながりを徹底的に捜査し起訴することを躊躇しない。彼らに逃げ道はありません」ときっぱり述べた。
これに対し、中国外務省はフェンタニルに絡む口実を利用した中国企業や中国人に対する制裁・起訴をやめるよう求め、「違法に拘束された人の即時釈放を要求し、米国に責任転嫁や中国への中傷を停止するよう求める」と表明した(ロイター、2023年6月26日)。
東アジア全域やオーストラリアなどにも輸出されている
中国は大量のフェンタニルを米国やメキシコへ輸出しているだけでなく、覚醒剤やヘロイン、合成麻薬などの世界的な主要供給国にもなっている。
ブルッキングス研究所の報告書(前出)によれば、中国は1990年代以降、覚醒剤をオーストラリアや東アジア全域に輸出する目的で大量に生産してきたという。特にオーストラリアへの輸出が多く、同国内に出回っている覚醒剤の約70%を中国製が占めるようになったこともあり、同国政府は中国に厳しい密輸防止対策をとるよう求めた。中国政府は当時、国連薬物犯罪事務所(UNODC)からも同様の要請を受けていたこともあり、オーストラリアの求めに応じた。
2015年11月、両国間の共同麻薬対策タスクフォースが設置され、オーストラリアへ覚醒剤の密輸を行っていた中国人密売業者が逮捕された。しかし、中国側の協力はあくまで外交的なリップサービスの域を超えるものではなかったため、しばらくすると取り締まりは弱まり、再び中国から大量の覚醒剤が入ってくるようになってしまった。