殻を破ることは「心身の健康のリスク」と引き換え
【白井】つまりは、この閉塞状況の危うさを正面から受け止めてしまう感受性があると、心身に変調をきたす確率が高まっている。これはまことに悲劇的な事態です。この時代の社会が課してくるある種の殻を破ろうとすると心身の健康のリスクと引き換えにしなければならない。
【内田】僕は高校2年で学校にうんざりして高校を中退しましたけれど、そのとき親に「高校を辞める」と言ったら、頭がおかしくなったと思われて精神科に連れて行かれました(笑)。ほんとうに病気になったと思ったらしい。
【白井】息子が変なことを言い出したから医者に連れて行く。そう発想したお父さんは開明的と言うべきですよ。素人目から見ても明らかにおかしい、医者の診断を受けたほうがいいという時に、むしろ親が診療を止めるケースがすごく多いわけです。我が子の精神の不調を一種の恥辱のように感じて、それを認めたくなくて、それで治療的介入が遅れて悪化させるというケースが多いんですね。
大学入学時点では「壊れている」
【内田】さいわい僕の場合、精神科医は「どこも悪くありません」と言ってくれたんですけれどね。でも、親はそれでよけい混乱したみたいです。せっかく進学校に入学して大喜びしていた息子が、いきなり「高校辞めて、中卒労働者になる」と言い出したんですから。でも、思春期ってそういうものじゃないですか。僕の頭の中ではつじつまの合った行動だったんですけれど、教師や親や中学時代の友だちからしたら「頭がおかしくなった」ようにしか見えない。実際に、僕の方も自分の感情や行動をきちんと言い表すだけの言語能力がない。だから、「頭がおかしくなった」と言えば、そうなんです。僕もちょっと壊れていたと思う。
思春期の子どもって精神的に壊れやすいんです。程度の差はあれ、みんなちょっとずつ壊れている。だから大学に入学時点では、中等教育におけるプレッシャーで心身がかちかちになっている。あれも「過剰に防衛的になっている」という仕方で「壊れている」んです。
でも、それも仕方がないんです。傷つけられまいとして、外殻を固めて、自分の本心を明かさないようにして、与えられたキャラを演じて、何とか大学までやってきたんですから。そのかちかちになった外殻を取り除いて、彼らの自己防衛を武装解除するのに2年ぐらいかかる。「ここは君たちを査定したり、格付けしたり、ルール違反を処罰したりするための場所ではありません。君たちが好きなことをして、思っていることを言葉にして構わない場所です。ここは深呼吸していい場所です」という言葉を信じてもらうのに2年かかる。