筆者も経験した真剣を用いた「決闘」

決闘と言えば、アメリカの西部劇のようなピストルを用いてズドーンというシーンを思い浮かべる方も多いと思うが、決闘のための武器は、古代から中世、そして、近世に至るまで長らく「剣」が使用されていたわけであり、ピストルが決闘の武器として主流となったのは、ようやく18世紀中頃以降である。

19世紀後半になると、「決闘」は衰退の一途を辿っていくが、驚くべきことに、今日においても、「メンズーア(Mensur)」と呼ばれる真剣を用いた「決闘」の慣習がドイツ語圏(主にドイツとオーストリア)の一部の学生の間で連綿と受け継がれている。実は、私も留学時代にこのメンズーアを二度経験しており、筆者の頭と顔には、多少薄くなったが、その時に負った刀傷が今でもくっきりと残っている。

筆者提供
「決闘」の練習をするドイツ留学時代の菅野教授(右)

メンズーアの詳細について、拙著『実録 ドイツで決闘した日本人』(集英社新書)から一部をご紹介しよう。

メンズーアにおいては、刃渡り約90cm、柄(握り)が約15cmの鋭利な真剣を用いて、お互いの顔と頭を正面から斬り合うのである。けい動脈は勿論のこと、全身に防具をつけるため、今では死ぬことはまずない。しかし、鋭利な刃物で顔や頭を斬られることを一瞬でも考えると、その恐怖心はハンパではない。剣を交わし始めてから、しばらく、私の脚の震えが止まらなかったことを今でも鮮明に覚えている。

日本の剣道は両手で竹刀を握るが、メンズーアにおいては、片手だけで剣を持って戦う。両者の間には、剣の長さの分、つまり、約1メートルの距離しかない。そして、フェンシングのような「突き」は禁じられているが、剣の動きが1秒以上静止すると即刻失格となるので、自ずとすごいスピードで交互に斬り合うことになる。1ラウンドは僅か6~7秒、これを25~30ラウンド行うが、ほとんどの場合、15ラウンド目あたりまでにどちらかが負傷し、ドクターストップがかかり終了する。

そして、メンズーアにおいて特徴的なことは、剣道やボクシングのように動き回ったり、敵の攻撃をかわすために、上体と頭や顔を前後左右に動かすことが一切禁じられているという点である。両者は、至近距離で直立して対峙たいじして斬り合い、足を動かしたり、後ずさりしたり、顔を少しでものけぞらせたりすれば、「臆病で卑怯な態度をとること(ムッケン)」と見做され、即刻失格となる。

細かなルールが定められているという点で、確かにメンズーアはスポーツ的要素が強い。しかし、スポーツと呼べない理由は、勝敗がないという点と、殺傷能力のある真剣を用いる点にある。換言すれば、この「ムッケン」さえなければ、たとえどちらか一方が斬られたとしても、その決闘は有効なものとして認められ、その者は勇者として称えられるのである。メンズーアは、男としての真価を試される一つの厳しい試練であり、ヨーロッパに伝統的な騎士道精神に基づいた勇気を証明するための独特な儀式なのだ。