中国の反発が「想定外」だったとは思えない
国内だけではない。諸外国の理解も十分に得られたとは言い難い。7月には欧州連合(EU)が福島産の水産物などに課していた輸入規制を完全に撤廃した。これも処理水放出の「好機」と判断したのだろう。だが、輸入規制を続けてきた韓国や中国は理解を示すどころか、むしろ強く反発した。中国の税関当局は、処理水放出の始まった8月24日から、日本を原産地とする水産物を全面禁輸にすると発表した。また、韓国は処理水放出に一定の理解を示したものの、水産物の輸入禁止は維持したままだ。結局、十分に「理解」を得ることができていなかったということだろう。
中国国内では塩を買い占める動きが広がっているほか、日本人学校へ石が投げ込まれたり、日本国内へ嫌がらせの電話が大量にかかってくるなど激しい反発が起きている。処理水の海洋放出は安全上問題ない、という理解は十分に広がっていなかったということだろう。
こうした中国の反発に、「大変驚いた。全く想定していなかった」と野村哲郎農林水産相が述べた。処理水放出を検討していた官邸が中国の反発を「想定外」だったとは思えないが、「理解」を得るより、何より「放出ありき」の方針だったのだろう。
理解を得る前に決断を急ぐ岸田内閣の「蛮勇」さ
国内外の反発を押し切ってでも海洋放出に踏み切った岸田内閣の実行力を評価する声もある。事故以降、安倍晋三内閣では支持率に響く「原発」問題などはほぼ棚上げ状態を続けてきた。国民を二分する議論になることが分かっていたからだろう。福島の処理水のタンクが1000基にも達したのは「決断」を先送りしてきたために他ならない。菅義偉内閣も同様の対応だったが、岸田内閣はそうした「懸案」に果敢に取り組んでいると見ることもできる。
本来はこうした難題に取り組むには、国民の「理解」を得ることが最優先なはずなのだが、岸田内閣はこれをしないまま、決断を急いでいるように見える。いわば「蛮勇」を奮っているのだ。
やはり懸案だった安全保障問題もそうだ。防衛費の大幅な増額を決めたが、その財源もいまだに不透明で、国民の理解を十分に得たとは言い難い。
もちろん、理解が得られないまま実行すれば、様々なマイナスが生じる。処理水の海洋放出にしても、安全性への国民の理解が十分に得られていなければ、福島産水産物などの売れ行きに大きな影響が出る。政府はそれを「風評被害」と言っているが、国民が十分に安全性を理解し、安心していないから売れ行きが落ちるのであって、事実無根の「風評」というわけではない。福島県魚連が「理解」を示さなかったのは、国民の理解が十分に得られていないと感じていたからだろう。