戦わず「辞める」がスタンダードになっている

前述した私の会社では、不正に関与した社員も調査に乗り出した私もすでに退職している。そして、不正を隠蔽した役職者だけが残っている。ブラック企業の離職率が高いことは周知の事実だ。

ビッグモーターでも従業員約6000人のうち、2023年1月~3月の間に約1000人が退社したという(日刊自動車新聞、7月20日付)。同社は前年に水増し請求が発覚したことを受けて特別調査委員会を設定しており、長年の不平と不満が爆発した社員による退職ラッシュが起きたとみられる。

しかし、一人また一人と辞めていく環境だからこそ、問題意識を持った社員同士で結託することは難しい。なぜなら「戦う」ではなく「辞める」がスタンダードモデルになるからだ。

また同社では転勤や異動が頻繁にあったと聞く。長く勤めていない、あるいは職場での深い人間関係が構築されてない場合、会社を良くするよりも会社に見切りを付けて転職したほうが楽だと考える傾向も強まるのではないか。結果、今回のビッグモーターのように外部からの大きな圧力がかからない限り、不正を是正するチャンスが来ないのではないか。

ビッグモーターでは、すでに退職した社員からの告発が今になって相次いでいるようだが、これは「数の力が生み出す押せ押せムード」がいかに重要かを裏付けている。

制度改革以上に労働者の意識改革が必要

労働問題がクローズアップされる時、制度設計の議論ばかりが熱を帯びる。ガバナンスや解雇の規制緩和、残業上限や有給取得などの議論が好例だろう。だが、そもそも万人が納得できる制度設計などできるのだろうか? ルールの穴を突く、あるいはルールそのものを上手に活用する企業や労働者は必ず現れるだろう。労使のいたちごっこに終わりはない。

制度改革に意味がないと言っているわけではない。私が伝えたいのは、制度改革だけでなく労働者の意識改革にも重点を置いた議論をもっとさかんにしてもよいのではないか、という一つの提案、一つの可能性の提示だ。いつ完成するかもわからない制度改革に期待するより、自分の行動や考え方を変えるほうが手っ取り早いし確実である。

ビッグモーターの報道で私が感じているモヤモヤはここにある。制度面の不備ばかりに注目が集まり、意識面の問題にまったくと言っていいほど関心が向いていない。

恵まれた環境下でしか働いたことのない有識者が表層的な問題点のみを指摘し、解決した気分になっても意味がない。二度と同じような過ちを繰り返さないためにも、事件の根の根にある問題にまでメディアの関心が向くことを願う。そして、ゼロから議論を組み立てる必要があるのではないかと思う。

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