「何があったの?」から始まる関係がある

頭ごなしに「やめなさい」と言うのは意味がない、そして、もしリストカットに気づいたら、「何があったの?」と言葉をかけるよう松本氏は勧めた。

「親はショックかもしれません。でも、感情的に反応すると余計にエスカレートしたり隠すだけになったりします。何かあったの? と尋ねてみても、本人は言葉にすることはできないと思うのですが、次、切ったらちゃんと教えて、と親御さんは娘さんに語りかけてほしい。自傷について親子で話せるようにして、ひどく切ってしまったときや切っても効き目がなくなったときに、早めに教えてもらえるような関わりをつくった方がいいです」

だが、親との間にそのような対話が成立していれば、そもそも女の子たちは自傷しないのではないか。ところが、松本氏は、そこから対話が始まった家庭があると、次のケースを話した。

その家庭では、母親に過干渉の傾向があった。娘がリストカットをするのに気づいた母はしばらく気づかないふりをして時期を過ごしたが、不安になり松本氏の勤務する病院に相談に訪れた。そこで母親はリストカットとはどういう行動なのか説明を受け、感情的にならずに娘のリストカットに向き合う方法を学んだ。

親が「育て方が悪かった」と自責する必要はない

「リストカットが少なくともすぐに死ぬ行動ではないこと、今すぐ死ぬのを延命している行動でもあること、でも上から押さえつけると、リストカットの背景を話せなくなってしまう、というメカニズムを、お母さんに説明しました。その結果、親が感情をコントロールして向き合えるようになったのがよかったのでしょう」

親に対してのアドバイスを求めると、松本氏はこう話した。

「自分の育て方が悪かったんじゃないかと言うお母さんもいらっしゃいますが、自責するのはおかしい。どの家にも問題はあるわけですから。年をとってから子どもに爆発されるのではなくて、今、たまっていたものが出た、ということで、それをきっかけに、自分たちの家庭のあり方について、修正すべき点はどこなんだということを早めに言葉にして話し合う。そして自傷について子供と会話できる関係をつくっていったほうが良い」

自傷行為の背景や言葉にできないつらい感情の程度には、女の子一人ひとり、グラデーションがある。複合的な自傷行為へと進んでしまった末に自殺念慮が強まった結果、自死してしまった患者も残念ながらいるという。