結婚も出産もしていない娘への不安はあるのか

【上野】聞いていいですか? 母として、結婚も出産もしていない娘に対する不安ってあります? 晩年に醜態をさらした秀吉は、息子が一人前になっていなくて、それで死の間際に「よろしく頼む」と言ったわけでしょう? とすると、娘が家庭をつくって子どもがいたとしたら、そうは思わないものなんですか?

【樋口】どうでしょうね。家庭をつくってるかどうか、子どもがいるかどうかは、そう関係ない。いずれにしても娘は娘。孫なんぞより娘のほうが可愛いでしょうね。私には孫がいないから実際のところはわからないけれど。

【上野】そういえば、以前、河村都さんに頼まれて『子や孫にしばられない生き方』(産業編集センター/2017年)に書いた推薦文が「孫より子どもが大事。それよりもっと自分が大事。おひとりさまの自由を手放さない新世代の祖母たちが登場した」というものでした(笑)。

【樋口】はい、おっしゃる通り。

【上野】一方で、わたしがずっと気になっているのは、障害のある子どもを持つ親たちの老いの問題なんです。障害のある子どもの親たちの最大の懸念は、さっき樋口さんがおっしゃったように「この子を頼む」、つまり、親亡き後の子の行く末です。死んでも死にきれない思いを持っておられるだろうなと。じゃあ、いわゆる健常な子どもを持つ親たちはどうなんだろうかと思って、「あなたがこの子を置いて死ねないと思うのはいつまでですか?」と聞いてまわったことがあるんです。

【樋口】私は、さっさと死ねますよ。

「生きてく理由」の賞味期限

【上野】ということは、さっきの「娘をよろしく」と言うのは、なかばギャグ?(笑)

【樋口】一応、娘を育てあげましたからね。逆を言うと、就職するまでは子どもを置いて死ねなかったと思います。まあ、私が死んだって娘は学校を卒業できるかもしれませんが、一人前にするまでが親の役目だと思っていましたから。だから、卒業式はうれしかったわよ、本当に。

上野千鶴子・樋口恵子『最期はひとり 80歳からの人生のやめどき』(マガジンハウス新書)

【上野】じゃあ、子どもの卒業式が親業の卒業式と言っていいですか?

【樋口】というより、もうこれで私がどこで死のうと、これから先は本人の力だという感じかな。

【上野】お金も、もう出さなくて済むし。

【樋口】そう。月謝も払わなくていいし。

【上野】子どもを産んだ女友だちには、「よかったわねえ、生きてく理由ができて」って言うんですが、その賞味期限がいつまでか、と。死ぬまで親はやめられないという人もいるけれど、なかには出産の場で身二つになった瞬間に、この子は私とは別の命だ、私がいてもいなくても生きていくと思ったという見事な女性もいました。

【樋口】そうね、私の場合、そういう意味では、娘が学校を卒業したときがそのときだったといえるかもしれないわね。

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