丁寧にできていれば、死なずに済んだはずなのに

こんな病院とはひどい言葉と感じるかもしれませんが、ゆったりとした動物病院ではなく、野良猫相手に格闘する「野戦病院」だと言いたかったのでしょう。

モコ先生は顔を上げ、二人の顔を代わるがわる見て「ごめんなさい」と再び言いました。

「あり得ないこと。あってはならないこと。これから糸がほどけないようなやり方に変更しますね」

これまで妊娠している猫の子宮を摘出する際、モコ先生は子宮けい部と血管をまとめてしばるようなやり方をしていました。まずしばってから子宮を摘出するのですが、妊娠中は子宮が大きくなり、胎児に栄養と酸素を送るため血管も太くなるので、何かの拍子に糸がゆるくなってしまうと、子宮切除後に結び目から血が止まらなくなってしまいます。そこで一括でしばるのではなく、子宮けい部と血管、それぞれをしばることにしました。子宮けい部2カ所と、さらにそのすぐ上の左右の血管をしばり合計4カ所にしたのです。

(私が最初から4カ所留める、ていねいな手術のやり方をしていたら、あの猫は死なずに済んだのに……)

撮影=今井一詞
手術中のモコ先生。

それでもスピードは落とせない

「今までこのやり方で大丈夫だったから」――そんな“おごり”があったのではないかとモコ先生は自分の胸に問いかけました。たくさんの手術をしている、つかれているなんて言い訳にもならないと思いました。考えるほど自分に腹が立ちます。

(『そんな手術じゃダメだ』って周りの先生に指導してきた自分がこんな失敗するなんて。猫を助ける人間が殺してしまうなんて。情けない。何より猫に申し訳ない)

なんのために不妊去勢手術を続けているのかと、改めてモコ先生はふり返りました。それは望まれない命が生まれないように、殺処分ゼロにするためです。そのために始めた手術なのです。猫の命がかかった手術の失敗は許されません。でもそれをおそれてこの手術のスピードをゆるめることもまたできないのだと、モコ先生はこぼれ落ちるなみだをゴシゴシと手でぬぐいました。(続く。第3回は7月16日午前10時公開予定です)

関連記事
【第1回】毎年2万匹の猫が殺処分されている…野良猫の命を守るため獣医師がマンションの一室で続けていること
犬の陰茎は一度入ったらなかなか抜けない…メスが嫌がっても交尾が続く"独自のロックオン式"という進化
「お母さん、ヒグマが私を食べている!」と電話で実況…人を襲わない熊が19歳女性をむさぼり食った恐ろしい理由
「子宮頸ガンの疑い」子宮全摘手術を予定していた44歳が、翌年45歳で子どもを産むまで
子どもに月経や射精について話すときに「絶対使ってはいけない言葉」2つ