「先生、おしりから血があふれています!」
気を引きしめて、妊娠している猫の子宮を摘出した後の血管をていねいにしばり直しました。そう、たしかに血管をしばったのです。ところが……。
「モコ先生、この猫、おしりから血があふれています!」
手術後30分ほどして、ボランティアさんがさけびました。
「だれかここにタオルを……」
数名のボランティアさんたちがあわただしくタオルでおしりをおさえます。モコ先生はちらりとそちらに目をやりましたが、それほどひどい状態とは思いませんでした。
(少しおさえていれば血は止まるだろう)
そう思い、だまって他の猫の手術を続けました。すると「モコ先生……」と、だれかがとなりに立ち、えんりょがちにささやきました。
「血が止まらないんです。みていただけませんか」
モコ先生が横を見ると、ベテランのボランティアさんが泣き出しそうな顔をして猫を指差します。異常を察知したモコ先生は、すぐに猫のもとにいってひざまずき、おしりにあてられていたタオルを外しました。真っ赤な血があふれてきます。
(再手術だ)
そう決断しました。つい先ほど縫合した箇所と同じ場所に手術のメスを入れます。猫のおなかを開けました。中は血の海です。どこかに出血している箇所があるはず……モコ先生は目をこらして探しました。
再手術の翌日、冷たくなっていた
(ここだ)
子宮を摘出した近くの血管から血が出ていることをつき止めました。結んだはずの糸から血管がすりぬけてしまったのでしょう。もう一度しっかり結びます。
(これで大丈夫)
あの時、たしかにそう思ったはず。けれども猫は翌日に冷たくなっていた――モコ先生の胸が激しく痛みました。
「おはようございます!」
その時、先週死んでしまったメス猫を連れてきたボランティアの女性がやってきました。今日はまた別の野良猫を連れてきたようです。モコ先生は、女性の前に歩みより、「先週はごめんなさい」と頭を下げました。
「おなかの中で糸がほどけてしまったみたいで……」
モコ先生の目からまたなみだがあふれます。
「先生、大丈夫ですから。顔を上げてください」
ボランティアの女性が言います。
「そうですよ」
長谷川さんも口をはさみます。
「“こんな病院なんで万が一のこともありますから”って私が説明しているんですから」