医療政策や社会保障のあり方に一石投じる『王の病室』
リアルな救急患者はさほどドラマティックではない。むしろ当直医としては「これ、救急車が必要だろうか」とモヤモヤするケースもある。点滴治療だけで症状が軽快して「入院の必要はありません」と医師が言えば、家族は喜ぶどころか「入院希望なんだから入院させろ!」「家で何かあったら責任とれるんですか!」と反発されることさえ珍しくない。午前3時に家族とこういうやり取りをすると、当直医は心身ともに疲れてしまう。
それだけに、先に紹介した『王の病室』に出てくるシチュエーションに違和感を覚えることはない。
第2話では高齢者の医療費制度について解説されている。「高齢者の自己負担額は1割」さらに高額療養費制度によって「月額約6万円が上限」であり、患者家族に重い経済的負担がかからないことを知って安堵する主人公に向かって、「残りの医療費は国民全員で負担している」と指導医が諭している。
コロナ禍以前の日本ならば、こうした指導医の発言は「人命軽視」「優性思想」などとSNSで炎上していたかもしれない。だが、2019年からのコロナ禍と77兆円とも言われるコロナ対策費や赤字国債の急増、その後の円安とインフレを経験して、日本人の意識も変わってきた、と筆者は肌で感じる。
2023年3月から、健康保険料や介護保険料がまた値上げされ、サラリーマンの手取り額が減った。2023年10月から始まるインボイス制度は、中小企業関係者やフリーランスには事実上の課税強化となるだろう。現役世代にとっては「インフレで多少の賃上げがなされても、それ以上の勢いで手取り額が減っている」と感じる人も多いはずだ。こうした増え続ける社会保障費や税金を、吸収し続けどこまでも膨れ上がるのが医療費である。
「少子高齢化だから社会保障費増額は仕方がない」と財務省はもっともらしく説明しているが、そんな論理は現役世代やネット民には通じない。
「減る一方の現役世代から絞って、増え続ける高齢者の医療に回し続けるのはヤバくない?」
「高齢者に貢いだ現役世代が老いた時、自分たちはまともな医療を受けられるのか?」
連載されているのがヤンマガという若者向けのメディアということもあるのか、「人命軽視」のような批判的なSNSコメントは少数派で、むしろ「よく描いてくれた」「医療のリアルを描いている」という医療関係者のコメントも目立つ。
かねてより日本では「目の前の患者の希望をかなえる」ことが「医師の姿勢として望ましい」とされてきた。しかし、その一方で保険診療、特に「自己負担10%、公費90%」のような公費高額医療においては「目の前の患者の希望は尊重するが、目に見えない90%の出資者についても考慮」すべき……こう考える医師はコロナ禍を契機に急増したように思える。
その意味で本作は、日本の医療政策や社会保障のあり方に一石を投じる医療漫画として注目に値する。