医学部を目指すエリート高校生が増えている。だが、過熱する医学部人気は日本社会に弊害を招いてもいる。日本経済新聞社編『「低学歴国」ニッポン』(日経プレミアシリーズ)から一部抜粋してお届けする――。
数学を学ぶ高校生
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当たり前のように医学部を目指す私立・灘高校

2022年6月のとある土曜日。休日だというのに全国で指折りの進学校、私立灘中・灘高(神戸市)には約600人の生徒が登校した。例年1、2学期に3回ずつ開く土曜講座があるからだ。

土曜講座は生徒の視野や関心を広げるキャリア教育の一環。「新しい道路をつくると渋滞が悪化する?」「法学でスポーツ界に貢献する」「脳神経科学で記憶と感情を書き換える」……興味深い題目が並ぶ。

講師は同校の卒業生をはじめ第一線で活躍する研究者や官僚、弁護士、会社員、起業家、外国の駐日外交官など一流どころばかり。「将来、幅広い分野で活躍してもらうために、生徒の好奇心を刺激したい」。海保雅一校長は講座の狙いを語る。

世間一般では「理系離れ」が言われて久しいが、灘高では4人に3人が理系志望という“理高文低”が何十年も続く。中でも伝統的に強いのが医学部志向だ。22年度の大学入試では卒業生221人中40人(他に浪人生24人)が国公立大の医学部に合格した。国公立理系学部進学者の4割を占める。土曜講座で各界の一流講師を招いてみても、“医学部信仰”の壁が厚いのが現実だ。

「多くの生徒が医学部を目指す。なぜだろう。社会の発展やテクノロジーの進歩には工学も理学も重要なのに……」。海保校長は灘高ならではの“ぜいたくな懸念”を吐露する。