愚か者や奴隷が繰り返し登場する現存する最古のジョーク集
残念ながら「60人クラブ」の陽気な哄笑は歴史の波に失われてしまった。また別の有名な劇作家プラウトゥスの作品で言及されているジョーク集も、現存しない。しかしそれよりも新しいジョーク集『フィロゲロス』(「笑いを愛する」という意味)は、現代まで伝わっている(『フィロゲロス:ギリシア笑話集』国文社、1995年)。
西ローマ帝国が崩壊の危機に瀕していた紀元4、5世紀のものだが、この作品を編纂したヒエロクレスとフィラグリオスに関してはほぼ知られていない。265編のジョークが集められており、何より興味深いのは、定番キャラクター――愚か者、医者、守銭奴、臆病者、宦官、才人、不機嫌な人間、酔っ払い、女嫌い、好色女など――が繰り返し登場することだ。近代イギリスのジョークに登場するケチなスコットランド人、愚かなアイルランド人、放縦なエセックス女の同類と言えよう。
では、これらのジョークに果たして君を笑わせる力があるだろうか。265編の大半は、僕自身何のことか理解できないほどつまらない。しかしなかにはクスリと笑わせられるものもある。ギリシア語からそのまま訳しただけではおもしろくも何ともないので、その代わりに21世紀の言葉遣いにブラッシュアップしたものをお届けする。
ではどうぞ!
1.ある医者が不機嫌な男の家を訪ねて診察し、「悪熱(bad fever)がある」と診断した。男はこう答えた。「あんたは良熱(=情熱)が欲しいのか? ならそこにベッドがある。試してみたらどうだ?」
2.愚か者が泳ぎに行って溺れかけた。男は悪態をつき、泳ぎ方を学ぶまでは二度と水に入らないぞ、と叫んだ。
3.【患者】先生、先生! 朝起きると30分間めまいが続いて、それからよくなるんです。
【医者】では30分後に起きなさい。
4.愚か者に会った男が、「お前から買った奴隷は死んだぞ」と言うと、愚か者が答えた。「神様に誓って言うが、私のもとにいたとき、あの奴隷はそんなことはしなかった」
5.2人の愚か者が食事に出かけた。食後、2人は礼儀として相手を家までエスコートしようと申し出た。その夜、どちらも一睡もできなかった。
6.疲れた愚か者がベッドに入った。枕がなかったので、愚か者は奴隷に、頭の下に水差しをあてがうように命じた。水差しは硬すぎます、と奴隷が答えると、愚か者は言った。「なかに羽毛を詰めなさい!」
7.ある愚か者が友人に会い、「君は死んだと聞いていたよ!」と叫んだ。友人が「見ればわかるだろう、私はピンピンしているよ」と答えると、愚か者は言った。「うん、だけどそう教えてくれた奴のことは、君より信頼しているんだ」
8.ある愚か者が所有する奴隷たちとともに船に乗っていると、突然激しい嵐に遭遇した。恐怖に襲われた奴隷たちは嘆きはじめた。愚か者は彼らに向かって、「心配するな! お前たちを全員解放すると、遺言書に書いておいたから!」と言った。
9.ある愚か者が、知り合いの双子の片割れが死んだと聞いた。彼は生きているほうのところに行って、「死んだのは君かい、それとも君の兄弟かい?」と訊いた。
10.町に向かうある愚か者に向かって、友達が「15歳の奴隷を2人買ってきてくれないか?」と頼んだ。愚か者は、「もちろんだとも。もし2人買えなかったら、30歳の奴隷を1人買ってくるよ」と答えた。
このなかに、君を大笑いさせたジョークはあったかな? 奴隷が頻繁に登場することは、僕たちの倫理観からいえば大いに問題があるが、それでも似たようなジョークは、僕自身もこれまでに耳にしたことがある。
というわけでジョン、『フィロゲロス』は大笑いできるジョーク集とはいえないかもしれない。それでも現存する最古のジョーク集を読んで、少しはくすくす笑いができるんじゃないかな。