製薬会社の無料の勉強会が意味すること

もうひとつ、医療の現場で「ゼロ価格効果」に類似の例を挙げてみる。

最近までほとんどの医師はボールペンを買う必要がなかった。それは2019年に製薬会社による自主規制で禁止されるまで、製薬会社主催の勉強会には必ず無料でボールペンが配布されていたからである。無料なのはボールペンだけではない。弁当は無料で配られ、会場までのタクシー代も無料である。以前は、場合によっては飛行機代、宿泊費まで無料であった。これらが無料であるために、製薬会社主催の勉強会へと参加するハードルは実感としても明らかに下がる。もし1回200円でも参加費が徴収されれば参加する医師は相当減少するに違いない。

そしてこの勉強会とは製薬会社の新薬の宣伝会を言い換えたものに過ぎない。つまり、医師たちは無料であることに釣られて製薬会社の新薬の宣伝を直接的、間接的に聞きに行くのである。営利企業である製薬会社がこれらを無料で提供するのは、それ以上の額が売り上げとして返ってくる見込みがあるからである。

これらの製薬会社の宣伝に対する自主規制は世界的にも年々強まっている。それは宣伝によって不必要な処方を促している危険性が強く疑われているからである。日本の製薬会社の宣伝費(マーケティング費)総額は約2兆円といわれている

つまり、控えめに言ってもそのうちのかなりの割合に相当する額、宣伝効果という意味ではむしろそれ以上の額が、不必要な処方へ費やされていると言える。

写真=iStock.com/MJ_Prototype
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「無料」というシステムには魔物が潜んでいる

これほどまでに、ゼロ価格効果=「無料」であることの特別さ、その影響の大きさは計り知れない。医療業界で動く兆円規模の金額も、この「無料」に激しく左右されうる。「無料」には魔物が潜んでいる。しかし、それはたった200円の負担で変えられるものなのだ。

さて、これらを踏まえた上で、あらためて、冒頭の自民党案、高校生までの医療費無料化を全国に拡大すべきなのか、をよく考えてみていただきたい。

最後に古来から言い伝えられた警句を紹介して終わろう。

「タダほど怖いものはない」

まさにその通りである。それは国を滅ぼしかねないほどに。

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