マクドナルドとロッテリアの価格競争

マクドナルドに限らず、CRMやロイヤルティ・プログラムは、顧客との長期的で継続的な関係性の構築を求める。マーケティングの考え方としても、短期的な売り買いではなく、こうした関係性の構築が重視されるようになっている。ブランド育成はその典型である。最近の教科書であれば、例えば『マーケティングをつかむ』(黒岩健一郎・水越康介、有斐閣、2012)、欧米のほうが権威があるというのならば『マーケティング・マネジメント』(P.Kotler&L.Keller,Peason Edu.,2007)でもなんでも読んでみてほしい。どの教科書であっても、多かれ少なかれ関係性マーケティングの重要性が説かれるようになっている。

『マーケティングをつかむ』
黒岩健一郎・水越康介著/有斐閣/2012年/本体価格2100円

『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント』
P.Kotler&L.Keller/Peason Edu.,/2007年/本体価格8500円

ただ、ここでいう関係性の構築は、あくまで企業の側の期待である。相手である顧客の側は、企業と関係性を構築したいかどうかはわからない。できるだけドライな関係でいたいという人々も多そうだ。このとき、精緻なCRMの構築は、逆に、従来型の割引クーポン券を求める顧客を生み出すかもしれない。究極的には、普通に値引きをしてくれといわれかねない。

こんなことをいうのは、以前似たような展開を、マクドナルドとロッテリア、さらにはモスバーガーの競争について、『ビジネス三国志』(石井淳蔵他、プレジデント社、2009)で描いたことがあったからだ(三国志はアジア圏での人気も高かったようで、その後中国語版に翻訳された)。ちなみに、このハンバーガー競争の分析は『行為の経営学』(沼上幹、白桃書房、2000)による意図せざる結果の研究がもとになっている。

『ビジネス三国志』
石井淳蔵他著/プレジデント社/2009年/本体価格1525円

『行為の経営学』
沼上幹著/白桃書房/2000年/本体価格3300円



当時は、割引クーポン券とは違い、マクドナルドとロッテリアは直接的な値下げ競争を繰り返し、ハンバーガー市場を急激に拡大させた。1980年代後半のことである。同時に、ハンバーガーの値下げは、高付加価値のハンバーガーを好む新しい顧客層をつくり出し、モスバーガーに成長のきっかけを与えることになった。

このハンバーガー競争は経営学の事例としてよく取り上げられるが、ポーター流の競争戦略の枠組みだけで考えると大事な点を捉え損なう危険がある。すなわち、競争戦略の基礎を築いたマイケル・ポーターに従えば、企業の基本戦略は、市場でのシェアの大きさに応じて、コストリーダーシップ、差別化、それからニッチや模倣といった戦略に分けられる(マイケル・ポーター『競争戦略論1・2』ダイヤモンド社、1999)

『競争戦略論〈1・2〉』
マイケル・ポーター著/ダイヤモンド社/1999年/本体価格2400円



これをハンバーガー競争にあてはめると、マクドナルドはコストリーダーシップ、ロッテリアは差別化、それからモスバーガーはニッチという位置づけになり、ある程度はシェアに応じた3社3様のきれいな戦略を描くとみることができる。しかし、これは結果的にそうなっていたというだけであって、実際の歴史では、例えばモスバーガーのニッチは最初から有効な戦略だったというわけではない。マクドナルドとロッテリアが激しく価格競争した結果、ハンバーガー市場そのものが拡大するとともに、低価格のハンバーガーとは違うハンバーガーを求める顧客のニーズが顕在化したのである。この新しいニーズをうまく捉え直したのがモスバーガーだった。当初、モスバーガーはマクドナルドよりも低価格だったのである。

こうして新たな顧客層をつくり出した価格競争ではあったが、もう少し続きをみると、価格競争の中でロッテリアを含む多くの企業が脱落していく。そして、競争の構図は変わり、低価格路線を追求するマクドナルドと、高付加価値で差別化しようとするモスバーガーがクローズアップされるようになる。

この構図でも、固定費を大きくとり、顧客の回転率で勝負するという一貫したマクドナルドの仕組みこそは、ファーストフード業の理想の形であるようにみえた。実際、マクドナルドは確実に売上もシェアも伸ばし続けた。だが、2000年ごろに低価格路線の戦略はピークを迎えて、その後一度失速する。価格設定の失敗による顧客の離反や、不採算店の増加などが原因であった。