戦略的ジレンマを越えて

自身の合理的な戦略の意思決定が、結果として自身の成長を妨げることがある。これは『ゼミナール マーケティング入門』(嶋口充輝他、日本経済新聞社、2004) や『逆転の競争戦略』(山田英夫、生産性出版、2007)では戦略的ジレンマとよばれている。低価格路線を徹底する競争の結果、思いがけず高価格帯に他社が新規参入する余地が生まれる。ひとたび低価格路線の戦略を進めてきた企業は、既存資産を捨てることになりかねないため、容易には高価格路線へ変更できない。やがて市場の環境も変化して低価格路線そのものが受け入れられなくなってしまい、行き詰まってしまう。

『ゼミナール マーケティング入門』
嶋口充輝他著/日本経済新聞社/2004年/本体価格3200円

『逆転の競争戦略』
山田英夫著/生産性出版/2007年/本体価格2600円


 

少し昔のハンバーガー市場の話だが、今回の話で考えてみると、大きく2つの示唆が得られる。一つは、どうしてマクドナルドが直接値引きをしないのかという疑問に対する答えである。顧客にとっては、クーポンよりも直接値引きしてくれたほうが話が早い。けれども、それはすでに一度行き詰まった方策だったのである。安くなってうれしいはずの顧客は、しかし、結局マクドナルドを食べなくなってしまうというわけだ。

それからもう一つは、戦略的ジレンマの応用である。すなわち、CRMの徹底という合理的な戦略が、CRMを好まない顧客をつくり出していく可能性があり、それに呼応して彼らを取り込もうとする新しいプレイヤーが台頭するかもしれないという感じだろうか。この際鍵になりそうなのは、やはり、顧客がそれを求めているのかどうかというマーケティングの基本である。

マクドナルドは、昨年度に上場以来最高益となった。興味深いのは、「上場以来」という一言だ。マクドナルドが上場したのは2001年である。すなわち、収益という点では、先の2000年ごろが一つのピークだったのであり、昨年度の最高益とは、10余年かけて昔の最高値に復活したということを意味している。今日的なマクドナルドは、戦略的ジレンマが顕在化したその後の立て直しの結果である。

具体的に何をしたのか。このあたりは当時の新聞記事や雑誌記事を追うことで確認できる。特に、東洋経済が継続的に記事を載せていたようだ 。まず、不採算店を整理し、コストを圧縮した。これはV字回復の基本である。と同時に、低価格路線の戦略を方向転換し、付加価値をつけていくという方向に切り替えた。このさい、ただ値上げをすることは難しいため、いくつか試行錯誤を繰り返している。例えば、客の増える休日だけ値上げしたり、低価格商品はそのまま維持し、部分的に高価格帯の商品を導入するなどした。

また、地域別に異なる価格を設定するという試みもあった。それが実際的にどういう意味があったのかはわからないが、一つには、値上げの方法をいろいろと考えていたのだと思われる。それから、メガサイズのブームにのせて、メガマック等も発売されていた。こちらも、全体的な値上げを見据えた方法だったのだろう。

うまくいったものもあれば、今ひとつ成果を上げられたなかったものもある。しかし結果的には、マクドナルドは徐々に価格帯を引き揚げることに成功した。そういえば、価格戦略では、多くの企業が値上げに慎重になる。けれども、意外と値上げをしたほうが売上も利益も伸びやすい傾向もあるという。この辺りの説明については、『スマート・プライシング』(ジャグモハン・ラジュー、Z・ジョン・チャン、朝日新聞出版社、2011)が詳しい。ロイヤルティ・プログラムも含め、値付けの奥深さを学ぶことができる。

『スマート・プライシング』
ジャグモハン・ラジュー、Z・ジョン・チャン著/朝日新聞出版社/2011年/本体価格1900円