患者同士で恋愛に発展することも
一方、前出の松本氏の記述は全く異なっている。彼の生活は、われわれと同じ現実の中にある。彼は当事者であるとともに、普通の市井における生活者である。松本氏はコンビニで買い物もするし、ファストフードにも居酒屋にも行く。その辺でちょっとかわいい女性に、気楽に声をかけたりもする。
松本氏は、継続して治療を受けていたが、回復した時期にはきちんと社会生活を送り就労もしていた。これだけでも、十分尊敬に値する。病気の症状のためになかなか働けないケースは多いが、病気を理由にして社会復帰をあきらめて、無為・自閉の生活に浸ってしまう患者もまた多い。
さらに松本氏は、『精神病棟に生きて』(新潮文庫)において、自分の性生活を克明に記載した。病院内部で女性患者とデートにこぎつけたり、ふられたりする様子は、一般社会の出来事とかわりはない。ここには可憐なエピソードは無いが、生身の生活の裏付けがある。
医師と女性患者の交際を病院が隠蔽
精神病院の中では、年若い男性患者が年配の患者の同性愛の相手をさせられたり、保護室に収容されていた若い女性患者が当直の看護士から暴行されたという事件も起きている。もっとも精神科の患者、特に入院患者は、性に関して幼稚で臆病であることが一般的であり、松本氏の行動は独特である。
場所が精神病院であろうと、男女がいるところには、恋愛沙汰はつきものである。ある中年の精神科の医師が、女子病棟に入院していた16歳の女性患者を「治療」と称して院外に連れ出し、ディズニーランドに行った後に性的関係を持った事件があった。これは両者合意の上のデートだったが、女性患者が自分は医者と付き合っていると施設の職員など周囲に自慢したため、病院の管理者の知るところになってしまった。この事実を知った院長や事務長は青ざめてパニックとなり、マスコミに漏れる前にすぐにその医師を退職させた。現在なら、隠蔽することが難しかったかもしれない。