キャンセル運動が起きない日本
だが、海外でも報じられるこれだけの騒ぎとなった放送後もなお、現時点の日本において「もうジャニーズ見ない」「性加害を間接的に肯定することになるので、ファンを辞めました」「もう買わない」など、ジャニーズタレントを起用したコンテンツや商品への大きなキャンセル運動は生まれていない。
あれほど欧米の「#MeToo」運動に乗った大手メディアも、BBCの番組について報じることはあっても、ジャニーズ事務所を糾弾したり、ジャニーズタレントが遭ってきた(とされる)性被害に追跡取材を行ったりなどの動きは見られない。
それ自体が、「少年への性加害」に対する日本の曖昧な認識や、「見なかった/聞かなかったことにする」意図的な無視・無関心の表れでもある。BBCのアザー氏とインマン氏は、この日本の反応に「ショッキングなほどの沈黙レベル」「メディアはそのこと(ジャニー喜多川氏の性加害の件)について話すのを恐れているように見える」「なぜ(ジャニー氏や事務所に対して)刑事訴追が行われないのか理解できない」と、日本のメディアや日本社会に向けた苛立ちと困惑をあらわにした。
日本人記者は「疑惑」を「噂」と呼んだ
なぜ日本のメディアはこれほどに深刻な問題を扱ってこず、今も扱わないのか。理由は3つだろう。
一つ目は言うまでもないが、メディアと事務所との利害が既に大きく複雑に絡みすぎて面倒だから。
二つ目は、男性が受ける性加害を公にすることに、男性社会ならではの大きな社会的抑圧があり、「(そんな話は)取るに足らない話題」として捨て置かれてきたから。
三つ目は、そうやって長らく日本社会全体で黙殺し、ようやく「加害(容疑)者」その人であるジャニーさんが2019年に他界して「なかったこと」のままきれいに葬ることができたとホッとしたところに発生したBBCの「外圧」で、「わざわざ墓を掘り返すようなことを……」と迷惑顔をしているからだ。
日本外国特派員協会の会見で、質問者として立った熟年の日本人男性記者が「私がむかし大手新聞の記者として働いていた頃も、この“噂”は聞いていましたが……」と発言したのが印象的だった。
当時の大手新聞の感覚では、それは「(まだ立証はされていないが申し立てられている)疑惑(allegation)」ではなく「噂(rumour)」扱いだったのだ。彼は発言中に何度も「ルームア」と繰り返したから、英語力の問題ではなく、本当にそう意味して口にしたのだとわかる。
2017年になるまで、日本の性被害とは女性のものだけで、「男性が受ける性加害」という法的認識がなかったというから、少年たちが受ける性的被害が過小評価されるのは日本全体の価値観の問題でもあった。