フェンタニルは堂々と検問所を通過している

シナロア・カルテルがフェンタニルの製造に乗り出したのにはそれなりの理由があったようだ。拠点を置くシナロア州は元々ケシの栽培が盛んで、それを原料にヘロインなどを大量に作っていた。

しかし、ケシの栽培には何カ月もかかり、広い土地を必要とする一方、フェンタニルは原料の化学物質を入手すればラボや小規模な工場で製造でき、しかも軽量でコンパクトなので、米国への密輸や流通が比較的容易になるだろう。このように考えてフェンタニルの製造を始めたようだが、国境通過は事前の予想通りとなった。

メキシコで製造されたフェンタニルは主にトラックや乗用車でカリフォルニア州サンディエゴやアリゾナ州ノガレスの国境検問所を通過して米国に持ち込まれている。しかし、ワシントン・ポスト紙のフェンタニルに関する調査報道記事(2022年12月12日)(前掲)によれば、米国当局が検問所で押収しているフェンタニルの割合はメキシコから密輸される全体のわずか数パーセントにすぎない。その最大の理由は、鎮痛薬などに偽造された錠剤に混入されているフェンタニルを検出する技術が遅れていることだという。

トランプ前大統領はメキシコからの不法移民と麻薬の流入を防ぐために莫大な資金を投じて一部の国境に壁を建設したが、皮肉なことにフェンタニルの密輸防止には全く役立っていない。フェンタニルの錠剤を積んだメキシコからの車両は正規の検問所を堂々と通過しているからである。

バイデン政権はこの政策を見直し、フェンタニルの検出技術の向上に取り組み始めたが、まだ追いついていないという。検問所を通過したフェンタニルはロサンゼルスやラスベガス、シカゴ、ニューヨークなど全米各地の闇市場に流れ、売人に引き継がれている。

中国はメキシコより先に郵便で送っていた

さらに米国で蔓延するフェンタニルがどこから来ているのかを追跡していくと、意外なことがわかった。メキシコの麻薬カルテルが製造しているフェンタニルの原料となる化学物質の大部分は中国から供給されている。つまり、中国の化学会社がフェンタニルの前駆体(ある化学物質が生成される前段階の物質のこと)を作り、メキシコのカルテルに供給しているというのだ。

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なぜ、こうなったのかと言えば、実は中国はメキシコより先にフェンタニルを製造し、国際郵便などを通じて米国に送っていた。ところがこの問題が深刻化したことで、米国は2018年10月に郵便システムを介した海外からのオピオイドの流入を防ぐための「合成薬物の密売および過剰摂取防止法(STOP法)」を制定し、郵便物の検査体制と取り締まりを強化した。

その結果、中国からの郵便物が大量に押収されるようになったため、中国は仕方なく、フェンタニルの原料をメキシコに輸出する方法にシフトしたのではないかと思われる。

中国がフェンタニル原料の主要な供給源であることを把握している米国政府は中国に対し、メキシコへ輸出している業者にやめさせるように要請しているが、中国側はそれに応じようとしないという。それどころか、中国政府は米国のフェンタニル問題を「外交カード」として利用しようとする動きを見せている。