求職側も、求人側もウソばかり
就活の自己アピールでは、なぜか比喩も多用されるようになった。これも「謎ルール」の影響だろう。私は会社員時代、リクルーターとして就活生と話をする機会が少なからずあったが、「暑さや寒さ、湿度の調整を状況に応じて柔軟にこなすエアコンのように、自分はさまざまな局面に対応できる」だの、「私はサッカーの『リベロ』。このポジションは攻撃にも守備にも参加するので、両方の視点が持てる」だの、つまらないたとえ話を持ち出して「だから、御社に貢献できます!」などと豪語する学生が続き、辟易したものだ。
また、何が目的かは知らないが、大手商社に入った男性がツイッターで就活生に助言をし始め、ドヤ顔を決めたりする姿も散見されるようにもなった。求人サイトの各社情報の掲示板には真偽不明な攻略法が書き込まれ、「参考になります!」と多くの学生がそれに狂喜するような光景も珍しくない。信憑性に乏しい助言に従ってエントリーシートを作り、面接に臨んでいる時点で、うかつな人材、没個性な人材であることを表明しているようなものだろうに。
私なぞ志望動機を聞かれても「ここで働いている○○先輩が楽しそうだったから」程度で済ませていた。だから、1勝16敗という惨憺たる結果になったともいえるが、ウソをつくこともなく、ただ本心を言うだけだったので、ラクではあった。
もっとも、採用側もウソだらけであることは同じである。バイト・パートの求人広告を見ると、「明るい職場です」という一文をよく見かける。「いや、オレが行くコンビニ、いつもドヨーンとした空気が漂っているけどな」と思わなくもない。そもそも大抵の職場は、採用時にはいいことばかり伝えてくるが、実際に働くと苦痛だらけである。「明るい職場です」という触れ込みで入ったバイト先が明るかったためしなどない。
勤務中に一息つくことすらはばかられる「空気」
続いては仕事における「空気」である。特徴的なのは「○○をするのは失礼である(職業倫理に反する)」という世論の圧力──つまりは「空気」だ。こうした言説の大半には、一切の合理性がない。
具体例を挙げると「コンビニ店員は勤務時間中、座っていてはいけない」「制服を着た人々、役所関係者は外での勤務中、たとえ酷暑で水分補給がしたくても、コンビニに入って飲料を買ってはいけない」「勤務時間中、所属組織が周囲からわかる状況(組織名が書かれたクルマで駐車する、など)で飲食店に入り、昼食を摂ったりするのはご法度」といった「空気」である。
2017年4月、愛知県の消防隊員7名が消防車でうどんを食べに来ていたことが批判された。「公用車を私用に使っていいのか」と市民は憤ったわけだが、実際は外での業務からの帰路、「署に戻って出直すと昼食を摂るタイミングを逸してしまうから」ということでやむを得ず立ち寄っただけなのだ。むしろ、以降の仕事に集中し、穴を開けないため、そして効率的に休憩を取るためにとった行為なので、誹るのはお門違いだと思う。
この件でテレビの取材に答えた20代女性は「私たちの納めた税金でお給料とかガソリン代を払っているので怒りを感じますね」と、したり顔で話していた。実際、私の知り合いの県庁職員や市役所職員も、県や市のロゴ付き公用車を利用する場合は飲食店を使わないという。通報されるからだ。
これはかなり厄介な話で、クレームを付ける人間はごく少数派であり、大多数はこの件については「仕方がない」「大した問題ではない」と考えている。しかし、クレームを受ける側は事態を収拾するために過剰に忖度し、「そのような『空気』になっているのだから、仕方ない」と処分をしたり、けん責をしたり、謝罪をしたりするのである。最近、夏の水分補給については「熱中症対策」の名目で業務中でも許されるようになってきたが、これも「空気」が規定したものだ。