就職活動に見る「空気」の影響
日本社会における「空気」はさまざまな観点から考察が可能であるが、まずは就職活動である。新卒就活では、いわゆる「リクルートスーツ」を着ることが「空気」になっている時代が長らく続いている。そして、入社式でもこのスーツを着ることになっているようだ。女性の場合、長髪の人は後ろで束ねて、地味めのポニーテールなどにするのが常道。茶髪や金髪もご法度である。
入社後も、配属までの研修期間中はリクルートスーツで無難にやり過ごす。そして正式に配属された後、職場の様子や周囲の視線から気配をうかがったり、先輩・同期に話を聞いたりしながら、徐々にリクルートスーツ以外の服装に変えていくのだ。しかしながら、濃紺のスーツで一様に身を固めるスタイルは、1970年代後半に入ってから広まった「空気」らしい。
以前、1960年代の入社式の写真を見たことがあるのだが、新入社員はさまざまな趣向をこらした服でその日を迎えていることが、モノクロ写真からでも読み取れた。60年前の新入社員のほうがよほど自由で、自分らしく社会人デビューを果たしていたといえる。
また、プレジデントオンラインで使っている時事通信の写真データベースを調べると、「1974年の新日鉄(現・日本製鉄)の入社式」という写真が見つかる。手前に写る女性社員は赤やピンク、ブラウンなどのスーツを着ている。また奥に写る男性社員も濃紺一色ではなく、グレーやブラウンを選んでいる。
私が就活をしたのは1996年のことだが、当時、リクルートスーツは「就活生の制服」のごとく定着していた。だが、空気を読まないタイプは私服で会社説明会へ行ったり、自分がカッコイイと思っているスーツをバシッと決めたりもしていた。そうした姿勢は就活後、本人が武勇伝のように語ったりすることもあるので、若干イタい感じもするが、まぁ、自分のアタマで考え、判断することができるタイプとはいえるのかもしれない。
ちなみに私はスーツを持っていなかったため、父親のダブルのスーツを借りて就活をしていた。そのスーツを着て、OB訪問に出向いたとき、次のようなやり取りがあった。
某社1階のロビーでOBを待っていると、程なく、辺りをキョロキョロと見回す若手社員が現れた。おそらくこの人が、アポを取っていたOBのF氏だろう。「Fさんですか? 中川です」と私が名乗り出ると、F氏は少し意外そうな顔をしながら「あぁ、キミだったのか。いや、ダブルのスーツを着て、レンズに色の入った眼鏡をしているから、てっきり取引業者の人かと思ったよ」と応えた。このときは一瞬、リクルートスーツの利点を知ったような気もした。が、その場にリクルートスーツの若者が複数人いたら、ますます自分のことを認識してもらえないかもしれない──とも感じた。
失礼クリエーターらが提唱し始めた「就活の謎ルール」
その後、就職氷河期が続くなかで「就活は苦しいもの」というイメージが定着していく。すると「失礼クリエーター(『それって失礼に当たるの?』『そんなことまで気にしている人、いる?』と疑いたくなるような、奇妙なマナーを次々に生み出す)」とも評されるマナー講師、そして人材関連の専門家あたりが「就活の謎ルール」を提唱し始める。それらがネット上で共有され、徐々に「空気」が醸成されていった。
たとえば「部屋に入るときのノックは3回」とか、「自己PRでは困難に直面した実体験を挙げ、いかに周囲を巻き込んで問題解決したかを説明しろ」といったものだ。
特定業種の場合、模範解答が存在する。広告業界であれば「私はゼミの幹事長を務めていたのですが、インカレゼミのレポートを作成する際、グループが2つの意見にわかれ、崩壊寸前になりました」「そこで先生に見解を伺ったうえで、両者が折り合う結論に着地できるよう、各人と意見交換を重ねました」「そして調整に尽力した結果、無事に解決に導くことができました」「広告会社はクライアントと生活者をつなぐ存在です。私は先の経験で多面的視点を獲得しましたが、これは広告業界でもきっと役に立つでしょう」といった展開で面接官にアピールせよ、などと説かれるのだ。
「広告会社はクライアントと生活者をつなぐ存在。会社が新規人材に求めているのは、両方に目を向けられる視野の広さと調整力なのだ!」と就活コンサルは勝手に決めつけているだけ。でも、就活生はワラにもすがる思いで、そのアドバイスを受け入れ、実践していく。そうして画一的なアピール手法が広まり、まずは形から入るような就活の風潮が生まれたのである。
だが、実際に広告代理店で働いた経験を持つ私からすれば「仕事の現場でもっとも求められるのは野心と、クライアントの無茶ぶりを受け止められる根性」だと考えているし、業種や配属先に応じて要求される個性やスキルも異なってくる。当たり前ではないか。