自分の生年月日は意気揚々と答えられる
ともあれ、この状態では父をひとりにするわけにはいかず、私たち夫婦はそのまま実家で同居することにした。とり急ぎ介護保険のサービスを受けられるように要介護認定を取得しなくてはならない。早速、区役所に電話すると、介護認定の調査員が自宅を訪問し父に面接するとのこと。その調査員の報告と主治医の意見書を基に区役所で協議され、要介護認定されるという段取りだった。
超高齢化時代ゆえ介護認定業務も人手不足らしく、調査員は忙しそうだった。リビングに着席するなり、彼女は父にこう質問した。
――お名前は?
「髙橋昭二です」
間髪を入れずに答える父。
――これからいろいろ質問させていただきますね。
「はい、わかりました。なんでも訊いてください」
満面の笑み。父はお行儀のよい子供のようだった。
――生年月日を教えてください。
「昭和6年9月10日」
どうだ、と言わんばかりに意気揚々と答える。
――今日は朝ごはんを食べましたか?
「はい、おいしくいただきました」
潑剌と答える父。ちなみにアルツハイマー型認知症の特徴は「挨拶もできて表情は豊か、ニコニコと協力的で、多幸的な印象」(山口晴保著『紙とペンでできる認知症診療術』協同医書出版社 2016年)とされている。しあわせそうに見えるという症状なのだ。
「朝食は何を食べたか」と問われた父の口から出た言葉
――何を召しあがりましたか?
「ふかふかふかっと、ふっくら炊きあがった白いごはん。それに、あったかい豆腐のお味噌汁。それと焼いた鮭、ほうれん草のおひたしもいただきました」
目の前に膳があるかのように父は手ぶりを交えて説明した。実はその日の朝食は私が用意したトーストと目玉焼き。まるっきりのウソにもかかわらず、湯気さえ感じさせるリアルな口ぶりに私は感心した。
後で聞いたことだが、この時点で父は認知症と判定されたらしい。こうした言動は「取り繕い反応」と呼ばれ、認知症診断の決め手とされているのである。
(川畑信也著『臨床医のための医学からみた認知症診療 医療からみる認知症診療―診断編』中外医学社 2019年 以下同)