「子どもの貧困」の原因は「政治の貧困」

弁護士になって間もないころ、児童虐待で亡くなった子どもに関わりました。「なんでこんな理不尽なことが放置されるんや!」と、感じた不条理は忘れません。その後、既存の法律を使う弁護士から、法律そのものの内容を変えていく国会議員になりました。

当時、子ども担当の官僚を呼ぼうとしたら、子どもに直接寄り添える担当はおらず、「親」にお金を配るのは厚生労働省、「先生」に給料を払うのは文部科学省、長期の「計画」は内閣府と、関係テーマで縦割りになっていました。それなのに当の「子ども」の声を聞く省庁はありません。トータルに子どもの立場に立つ担当は誰もいなかったのです。愕然としました。

ようやく2023年に「こども家庭庁」が設置されますが、お金の配分はもっと象徴的です。

私が大学生だった40年前、日本政府の子どもに関する予算は、他の先進国の半分程度でした。一方で、道路やダムをつくる公共事業関係費は、平均の倍近く。お金の配分が真逆だったのです。近年少しはましになってきましたが、あいかわらず子どもに冷たい社会は大きくは変わっていないように感じます。

「子どもの貧困」がよく取り沙汰されますが、私に言わせれば、その原因は「政治の貧困」そのものです。

国がやらないなら、自腹でも明石がやるしかありません。国民の生活に一番近い行政は市区町村だからです。「基礎自治体」と言われる身近な行政が、困っている方に寄り添うのは当然です。

「財源がない」は言い訳

「5つの無料化」は、明石でなくても、どこでもできること。決して難しいことではありません。すでにしている市民サービスを無料にするだけのことですから、発想の転換で簡単に実現できます。

泉房穂『社会の変え方』(ライツ社)

「制度上難しい」「財源がない」「人が足りない」という言い訳を聞くこともあります。

どれも勘違いです。それほど難しくも、厳しくも、足りないこともありません。なぜなら、新たな制度設計も、組織編成もいらないからです。

ただ予算の配分を変えればいいのです。優先度を見直し、お金をシフトする。

そして、予算の配分を変える権限は自治体のトップにあります。だから近年、他の自治体にも広がってきているのです。

地方自治法には首長の「権限」として、「普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する」「予算を調製し、及びこれを執行すること」と明記されています。都道府県知事にも国の総理大臣にも、同じような権限がある。つまり無料化を実行できるかどうかというのは、政治のトップがやる気かどうか、ただそれだけの問題です。既存の制度を新たな市民負担なしで運用するだけ、かなりやりやすい施策なのです。

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