PCR法の発明がブレイクスルーに

世界各地に展開している人類集団は、ある地域における「これまでのヒトの移動の総和」といえます。そのため、特定の遺伝子分布の地域差は集団の成立を解明する有力な手がかりになるのです。

「古代の試料にDNAが解析可能な形で残っている」ということが示されたのは、1980年代のことです。その研究の本格的なスタートは、微量なDNAを増幅する技術であるPCR法の発明を契機としています。最近では、ウイルス検知のために使われることでも有名になりました。

古人骨に残るDNAの量はごくわずかなので、そのままでは解析することができないのですが、この方法がブレイクスルーとなって、その壁を乗り越えたのです。

PCR法は医学同様、人類学にも多大な恩恵をもたらし、古代DNA研究という新たな学問分野を生み出すことになりました。古代DNA研究のさらなる発展は、分子生物学の技術革新に牽引されて進んでいきました。

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病とヒトとの関係を解明するポテンシャル

とりわけ21世紀になって、ヒトDNAを解明するためのさまざまな方法が開発され、世界各地の人類集団のDNAの解読が進みました。DNAは私たちの体を形作る設計図であり、体内で行われているさまざまな化学反応を制御している遺伝子を記述する、いわば「文字」のようなものです。その研究が進むことで、たとえば病気や薬剤に対する抵抗性の違いが、DNAの違いに起因することも明らかになりました。

篠田謙一『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』(中公新書)

古代DNA研究は、集団成立のシナリオを明らかにするだけではなく、環境や病とヒトとの関係を解き明かすポテンシャルも持っています。

たとえば肥満の遺伝子は、古代の人類にとっては生活に適応するものでしたが、現在ではライフスタイルの変化によって疾病の要因と見なされています。DNAの変化を追うことで、ヒトが生物としてどのように環境に適応してきたのかを明らかにすることができるのです。それは社会の変化を考えるにあたって、とても重要な情報です。

最近では「ヨーロッパ人の肌の色が現在の状態に近くなったのはいつごろからなのか」など、DNAの働き自体に注目した研究も行われるようになっています。