開かれた王室、開かれた皇室

40年ほど前に英オックスフォード大学留学を終えて帰国された際、当時皇太子だった天皇陛下は「一番必要なことは、国民と共にある皇室、国民の中に入っていく皇室であると考えます」と述べられた。しかし今でも、日本の天皇皇后両陛下がエリザベス女王とフィリップ殿下のように一般客を装いお忍びで芝居を見に行ったり、居所近くのパン屋の常連客だったりという状況は想像できないし、これからも起こり得ないだろう。

どちらも「開かれた王室・皇室」を目指しているようだが、政府や国民からの期待は異なっており、日本の皇族には、公務外でも常に規範的な行動を取ることが求められていると感じる。英国はそこが緩いだけでなく、女王のユーモアは秀でたイギリス人気質の表れと評価され尊敬を受ける。

近年の大型行事用に制作された、女王主演の特別動画はまさにその好例となった。2012年ロンドンオリンピックでは、ジェームズ・ボンドと共にヘリコプターから飛び降り、今年のプラチナ・ジュビリーでは熊のパディントンと宮殿でお茶をし、ハンドバッグから「私の非常食よ」と熊も大好物のマーマレードサンドイッチを取り出して見せた。ちなみに出演したことは子どもにも孫にも一切教えず、当日のサプライズにするため側近たちは皆口止めされていたという。

いろいろな意味で、女王は70年もの長きにわたって「継続」と「安定」を象徴する母、あるいは祖母的存在だったのではないだろうか。思えばコロナ禍で最初の完全ロックダウンが宣言された時、パニックに陥る国民の気持ちを鎮めたのは政府声明ではなく、女王の「この困難をまた、皆で一緒に乗り越えて再びお会いしましょう」という、何度も国家レベルの危機を経験した人だけが語ることのできるスピーチだった。

「君主制には疑問があっても、女王個人に悪い感情は持っていなかった人が多かったんだなあ」と行列に参加する人々と話して感じた。どうも自分自身もその一人だったようだ。献花こそしなかったが、積まれた花を前に思わず女王の冥福を祈った。

撮影=冨久岡ナヲ
今年6月、プラチナ・ジュビリーを祝うトラファルガー広場の群衆

「老いた新国王」チャールズ3世の王室

女王逝去の瞬間から新国王となったチャールズだが、葬儀の間に何度かほとんど泣き出しそうな表情をした。カミラ王妃が心配そうな視線を向けている。ほんとうに泣きたかったのかどうかはわからないが、1年半前に先立った配偶者フィリップ殿下の葬式で、女王が終始マスクをかけて無表情を通し、ただ一度だけ一滴の涙が頬を伝うのを見せたのとは対照的だった。

王はすでに70代に入っているため、もしかしたら王位を継がずに息子ウィリアムに譲るのではという臆測もあったのだが、結局即位した。この老いた新国王が女王という大きな存在の代わりを務められるのか。泣きそうな顔に不安な気持ちを抱いた人は多かった。