無駄をなくすと理にかなった動きができる

私の麻雀の打ち方もそうだ。複雑な手を考えたり、複雑な勝負の流れを複雑に分析したりするようなことはしない。

いつもやっていたのは、「感性で打つ麻雀」である。感覚でシンプルにとらえ、シンプルに打つ。その繰り返しが、「負けない」ことへとつながったのだ。

勝負においてシンプルな攻撃は、余計なものがないからスピードが速い。だから相手に準備をするすきを与えない。

無駄がないということは理にかなった動きができることを意味する。持てる力を最大限に発揮できるのだ。

「負けない攻め」とは、小手先のテクニックのようなものではなく、シンプルに全身全霊で向かっていくときに生まれるのである。

複雑にするクセを修正する

ものごとは複雑にせずに簡単にするとうまくいく。そういうと、「簡単なものほど難しかったりするんじゃないですか?」と聞いてくる人もいる。

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しかし、私からすれば、「簡単なものは簡単」。そのままだ。

それを複雑にしてしまうのは、複雑なものほど高等であり、賢いと思い込んでいる人が多いからだろう。簡単なまま考えて、簡単に動けばいいのに、わざわざ難しく考えて複雑にしてしまう。だからできなくなっているだけのことなのだ。

仕事もそうだし、人間関係もそうだ。複雑になるほど、問題は起こりやすくなり、厄介なことが増える。このことは今の社会を見ればよくわかる。経済も政治も科学技術も複雑極まりない。だから、一人ひとりの生き方も生活もどんどん複雑になってしまう。