ICTが発達しても対面コミュニケーションの重要性は変わらない
人と人が直接出会い、交流することがとりわけ重要なのは、新しいアイデアや技術を生み出すイノベーションのような知的な生産活動です。日本の人口の28%が集まる東京都市圏では、日本で登録される61%の特許が集中しているのです。中島賢太郎「都市の高密は知的生産活動の源泉である」(『MEZZANINE』VOLUME 5 AUTUMN 2021)では、彼ら自身の研究が紹介されています。
我々の研究グループは、共同研究を行う発明者間の距離を長期間にわたって計測した。その結果、共同研究を行う発明者間の距離は、発明者が都市に集中して立地していることを考慮してもさらに近いということがわかった。つまり発明者は地理的に集中しているが、共同研究相手の選択の際には、さらに近い相手を選択する傾向にあるのである。
さらに、1985年から2005年にかけて、この期間のICTの発展にもかかわらず、共同研究関係の地理的な近さはほとんど変化していなかった。近い距離での対面コミュニケーションは今も昔も重要なのである。
中島は、共同研究が物理的な距離が近い者同士で行われる傾向があること、さらにその距離がICTの発達に影響されていないことを示しました。これは、共同研究に必要な知識やアイデアのやり取りが、直接顔を合わせて行われていることを意味しているのです。イノベーションのような知的な生産活動には、言語化された情報だけではなく、「暗黙知」と呼ばれる情報のやり取りも重要です。
暗黙知とは、表情や仕草、雰囲気や言葉の調子など、同じ場所を共有していなければやり取りすることが難しい情報のことです。
意図的に雑談の機会を作ることで処理速度が向上したケースも
経営学者の遠山亮子によると、イノベーションのベースになる知識の創造のためには、暗黙知とともに、「雑談」や「ノイズ」、「偶然の出会い」も必要になります。
「雑談」も暗黙知と同じように、同じ場を共有しなければ生まれませんが、雑談を通して暗黙知を含んださまざまな知識やアイデアが人と人の間を移動しているのです。
グレイザーの著書では、スーパーマーケットのレジ打ちの例が挙げられています。スーパーマーケットのレジ係のスピードや能力には大きな違いがあります。ある大手チェーン店では、能力水準の異なるレジ係が、ほとんどランダムにシフトを割り振られているので、経済学者2人はそれを使い、生産的な同僚がいるときの影響を検討しました。
すると、同じシフトで能力の高いレジ係が働いていると、平均的なレジ係の生産も大幅に高まることが分かったのです。そして、その平均的なレジ係は、シフトにいるのが平均以下のレジ係だと成績がかなり落ちるのです。このように、顔を合わせて情報のやり取りをすることの重要性を示した証拠は数多くあります。