新たな知識が創造されるためには「物理的な距離の近さ」が必要

古代ギリシャの時代から現在に至るまで、都市では人々が偶然出会い、顔を合わせて暗黙知を含めた知識やアイデアを交換することで、新たなアイデアが生まれてきました。そして、多くの研究結果が示唆するように、新たな知識が創造されるためには物理的に近くに住み、直接顔を合わせることが重要です。

ICTでは暗黙知のやり取りは難しいですし、仕事の合間の時間に雑談をするのにも適していません。知的な生産活動のためにはICTだけではなく、顔を合わせて知識やアイデアを交換することが必要なのです。

では次に、ICTの発展が企業の組織形態に与える影響を考えてみましょう。東京に本社機能を置く企業を考えます。

この企業はある地方都市に支社を置いています。支社にこの地方都市およびその周辺地域での営業に関する「指揮管理機能」を置くか、もしくは、東京本社でこの支社を直接指揮管理するか、選択しなくてはならないとします。

支社に指揮管理機能を持たせた場合、支社には指揮管理に当たる管理職の社員を常駐させる必要がありますが、東京本社から直接指揮管理する場合、そのような管理職を常駐させる必要はありません。ICTが発達していない場合、東京と地方都市の間の情報通信費用が高くなります。電話が開通する前の時代には、地方都市と東京の間で情報のやり取りをすることは難しかったでしょう。

あるいは、インターネットや電子メールが普及する前の時代には、現在よりも情報通信費用が高かったであろうことは容易に想像がつきます。このような時代には、この企業は地方都市の支社にこの地方の営業に関する指揮管理部門を置き、管理職社員を常駐させるでしょう。情報通信費用が高いため、東京から直接指揮管理することには非常に高い費用が発生するからです。

ICTの発達によって「本社機能の地方移転」は可能なのか

電話が開通し、インターネット、電子メールが普及し、さらにはZoomのようなオンライン会議システムが一般化するにしたがって、東京と地方都市の間の情報通信費用が安くなってきました。それに従って、企業は支社の指揮管理機能を東京に移し、支社の権限と規模を縮小するでしょう。それでも費用がかさむ場合には、支社をなくしてしまうかもしれません。

都市の通信ネットワークのコンセプト
写真=iStock.com/Sutad Watthanakul
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情報通信費用が低くなるにつれて、東京本社から支社を直接指揮管理する費用が低くなります。支社で指揮管理機能を持たせ、管理職の社員を常駐させることには費用がかかるわけですから、その費用が情報通信費用を上回るようになると、地方都市の支社の指揮管理機能を東京本社に移すのです。

指揮管理部門を東京本社で一元化することによって、「集積の経済」が働き、指揮管理部門の労働生産性が上がる可能性があることも見逃せません。それでは、本社機能を地方都市に移すという可能性はないのでしょうか。