お腹の中で起きる遺伝子スイッチの切り替え

第2の関門が、お母さんのお腹にいるときの環境です。お腹にいるときと、生後間もない時期の環境が赤ちゃんの脳や体に影響を及ぼすという考えかたがあり、DOHaD仮説(Developmental Origins of Health and Disease)と呼ばれています。

妊婦さんが飢餓やストレスに見舞われると、お腹にいる赤ちゃんは遺伝子のスイッチを切り替えて生き延びようとするのですが、これにより、赤ちゃんは成長してから生活習慣病や肥満、心の病気の発生率が上がります。

これに対して、日本で実施され、2020年に結果が報告された研究によれば、妊娠中に食物繊維を多く食べた母マウスから生まれた子マウスは、そうでない子マウスとくらべ、人でいうと成人にあたる生後16週での体重が約20%少ないことがわかりました(*2)

ここに関与しているのが、善玉菌が食物繊維を分解してできる短鎖脂肪酸という物質です。短鎖脂肪酸はお母さんの栄養になるだけでなく、お腹にいる赤ちゃんの体に入ってさまざまな臓器に働きかけることで子どもの肥満をおさえ、メタボリックシンドロームを予防する役割を果たしていると考えられています。妊婦さんが食物繊維をしっかり摂取すると、子どもが太りにくくなる可能性があるということです。

粉ミルクより母乳で育てた方が太りにくい

第3が、生まれてから成人するまでの時期です。欧州5カ国で1000人以上の乳児を対象に実施された調査によれば、粉ミルクで育った子どもは、母乳で育った子どもとくらべて6歳の時点で肥満になる確率が2.4倍高かったのです。この原因は、通常の粉ミルクに母乳より高い濃度で蛋白質が含まれていることです(*3)

蛋白質を多く摂取すると成長が速くなるため、粉ミルクを飲んでいる子は母乳で育つ子とくらべ、同じ量のミルクを飲んでも満腹感が平均67%しか得られないようです。その結果、おそらくは脳の報酬系にエピジェネティクス変異(遺伝子スイッチの変化を通じて遺伝子の働く強さが変わること)が起きて太りやすくなると考えられています。

その逆に、母乳で育った子どもは太りにくいことを示す報告があります。マウスを使った実験ながら、母乳に含まれる物質の働きで、子マウスが持つ、脂肪を燃焼させる遺伝子のスイッチがオンになり、活発に働くようになります(*4)

写真=iStock.com/Aliseenko
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乳児期の栄養は大人になってからの健康にも深くかかわる可能性があるわけです。

ただし、ここでお伝えしておきたいのは、母乳が十分出ない、お母さんが仕事を休めない、赤ちゃんが母乳を飲みたがらないなどの理由で母乳を十分にあげられなかった場合でも、それだけで子どもが将来肥満するとは限らないということです。この時期までに遺伝子のスイッチが不利な状態になっていても、その後の人生でいくらでも挽回できます。