「怨恨の背景には複雑性PTSDの心理がからんでいる」

日本という国は、1万人に1人の確率の自動車による死亡事故を高齢者が起こすと、高齢者全員に認知機能テストを義務化し、多くの高齢者から自動車免許を取り上げる。

ところが、それより確率的にも被害規模的にもはるかに大きいものなのに、虐待されている子供たちを無神経にも親元に返し、虐待環境で育てようとする。そんな方針の日本政府に疑問を感じざるをえない。

送検のため奈良西署を出る山上徹也容疑者(右)=2022年7月10日午前9時、奈良市(写真=時事通信フォト)

今回の山上容疑者の非は明らかである。私には彼の起こした銃撃事件を擁護するような気持ちは毛頭ない。

だが、その一方で彼のような「虐待サバイバー」を人格的にただ非難するより、再発予防のため虐待されている子供の施設を整備するほうがはるかに急務だと考える。

私は、今回の容疑者が恨みの対象について、その関係者である安倍元首相を殺してやりたいと思うくらい、高いレベルの怨恨をもった背景には複雑性PTSDの心理がからんでいたように思えてならない。

ついでにいうと、自殺は連鎖することがある。近親者に自殺者がいるとそのリスクは高くなるのだ。父と兄を自殺で失っているこの容疑者も、恨みの対象を殺して、自分も死刑になっていいというような「拡大自殺」の心理もからんでいたのかもしれない。

もうひとつ、今回の事件で痛感したのは、今と昔でテロの性質が異なるということだ。

私が生まれた1960年に起こった野党第一党である日本社会党の浅沼稲次郎氏が17歳の少年に刺殺された事件。この少年は、大日本愛国党という民族主義・反共政治団体に所属しており、左翼運動を抑止したいという明らかな政治的意図をもっていた。

その後は、むしろ左翼団体のテロが目立った。例えば、日本中を震撼しんかんさせた連合赤軍事件(1971年)、海外に渡った日本赤軍はテルアビブ空港で乱射事件を起こし、26人もの死者を出した(1972年)。三菱重工爆破テロ(1974年、死者8人)などもあった。

ただ、その後は公安当局が徹底的にこれらの左翼団体をマークし、また極左は怖いという考えが蔓延したため、日本の学生運動は自由主義世界でもっとも弱体化した。かつての過激派も高齢化が進み、テロを起こすパワーはほとんどないと言ってよい。