宿痾としての汚職
ロシア人の身内贔屓は、腐敗にも容易に繫がります。政府高官の息子が若くして国営企業の重役に納まっているとか、誰それはコネでおいしい仕事を独占できている、なんていう話はロシアでは事欠きません。
これに加えて、ロシア人が公的な制度をあまり信用していない、という問題があります。
お上の言うとおりにしても、申請がいつまでも受理されないだとか、裁判官が買収されているとかでロクなことにならなかった、という経験を誰もが少なからずしているわけです。だからロシア人は余計に身内を頼ります。正攻法でものごとを解決するより、「裏技」でなんとかしたほうがよっぽど速くて確実な場合が多いのです。
もちろん誰もが有力者の知り合いがいるわけではないですし、いたとしても無償で協力してくれるとも限らないので、こういう社会では賄賂がはびこります。特にソ連崩壊後は誰もが金に困っていましたから、この傾向に拍車がかかりました。病院で手術をしてもらうためには医者につけ届け、大学を受験するなら教授に賄賂、商売を始めるならその地区をシマにしているマフィアにみかじめ料、といった具合です。
ロシアには「(漆を)塗っていないスプーンでは口が荒れる」ということわざがあります。漆(賄賂)は社会の潤滑油だというわけです。最近では、こんな新作ことわざ(?)も聞きました。「ロシアには賄賂などない。あるのは良好な人間関係だけだ」。
お金を払えば救急隊も雇える
公務員に対する賄賂が半ばビジネス化しているところもあり、例えば少し前までは有料で救急隊を家に呼ぶことができました。怪我や病気による緊急事態というのでなくても、お金を払えば私的に救急隊を雇えるのです。
私も一度、原因不明の高熱が数日続いたので奥さんが救急車を呼んでくれたのですが(ロシア人はなぜかこういうとき、誰に電話してどんなふうに話せば非公式のサービスを受けられるのかよく知っています)、本当に救急車が家まで来て、鬼軍曹みたいなイカつい救急隊員が「診察」してくれました。
「いくら出せる」というので、たしか当時のレートで1万円くらい払ったと思いますが、ロシア人に聞いたら「そりゃ日本人だと思ってボラれたね」とのことでした。
こんな話もあります。ある女性が運転免許を取ろうと自動車教習所に通い始めたのですが、学科試験も実技試験もちゃんとできているにもかかわらず、どうしても合格できない。お父さんが教習所の所長に電話をしてみたら「賄賂を払ってないんだから、受かるわけないでしょう」といわれたそうです。
ちなみに賄賂を払うと、アッサリ「合格」したそうで、こうなると真面目にやるだけバカを見る、と皆が思うのも仕方ないでしょう。プーチン政権下では経済も安定し、公務員の給料もきちんと払われるようになったのであからさまな賄賂はかなり減ったようですが、巨大な収賄の構造は残っています。天然資源をはじめとする莫大な利権をプーチンの側近たちが独占していることがそれで、この結果、ロシアではなかなか中産階級が育っていません。