後悔は親としてのこと、子どもの存在のことではない

リズ 1~4歳の1人の子どもの母

ちなみに、後悔は親としてのことであって、子どもの存在のことではありません。そこは私にはとても大切な区別です。

素晴らしい子なんです。信じられないほど優秀です。私自身が子育てに辛さを感じているので、そのことは幸運でした。

〔……〕もし息子がこれほど優秀ではなかったらと思うと──私の子育てがこうなので優秀になるしかなかったのでしょう。こんなことを言うのははばかられますが、もしも息子が、特別な支援を必要としたり、標準的でなかったりする子なら、今でさえ子育てに苦しんでいるのですから、さらに大変だったことでしょう。

息子のことはとても大切なので、区別をしたいのです。息子は愛すべき人間です。彼の中身や世界観、性格を知れば知るほど、そう思います──あらゆることにしっかりした意見を持ち、自信をもって表現できる子なので、私も嬉しいです。だから息子のことを深く愛しています。

でも……ここははっきりと区別したいのですが、本当に愛していて絆を感じる人の存在について──生まれてきて残念だとは言えません。息子がいることを残念には思っていないのです。

後悔は、親としてのことであって、私自身が〔母になる〕必要を感じなかったのに、こうなってしまった、という事実にあります。でも、とても合理的な決断だったのです。今になって思うと、親としてのさまざまな課題があるため、自分が心から望む場合にのみそうする〔親になる〕べきだと思います──その方が私にとって良かっただろうと思えるのです。

カーメル 15~19歳の1人の子どもの母

イドが大好きです。手のかからない子ではないけれど、素晴らしい子です。生まれた日からいくつか問題があり、これからも常にあるでしょう。でも、私たちは素晴らしい関係を築いていて、とても仲がいいですし、素晴らしい息子です。〔私の後悔は〕そのこととは何の関係もありません。完全に無関係です。

写真=iStock.com/AsiaVision
※写真はイメージです