女官のなかには、スルタンの妻妾となることを夢見ていた者もいたであろうが、実際にその地位にまで上り詰める者はごくわずかであった。彼女たちの多くは、一般の女中として、ハレムでの生活を営んだのである。

出典=『ハレム:女官と宦官たちの世界』(新潮選書)

女中頭になって皇帝と接する機会ができる

女中たちのなかで、経験を積み、毒見役や洗濯役など、それぞれの役の長となった者たちは女中頭と呼ばれた。スルタンを始めとした王族たちに直接、仕えることができたのも女中頭だけであった。

以下、それぞれの女中頭の役割を簡単に説明しておこう。

まず毒見役頭は、スルタンのための食事を配膳する役割を任じられた。配膳される前に毒見を行い、スルタンが食事をするさいには傍らに控えた。また倉庫役頭は、ハレムの食糧庫を管理する職務であり、毒見役頭とともにスルタンの食卓を準備した。

洗濯役頭は、スルタンの衣服を洗い、アイロンをかける役割であった。高貴な女性たちの衣服の洗濯や、彼女たちの入浴時の奉仕は、衣装箱役頭がうけもった。浴室そのものの管理を担当したのが、風呂釜役頭である。

スルタンやハレムの高位の者たちに珈琲を供したのは、珈琲役頭であった。とくに儀式や宗教祭りを祝うさい、彼女たちには多数の人々に手早く珈琲をふるまうことが求められた。

水差役頭は、石鹸やタオルを用意して、スルタンが手や顔を洗う、あるいは礼拝前に沐浴もくよくをするさいに奉仕した。また散髪役頭は、その名の通りスルタンの散髪を請け負った。

皇帝のそばで仕える宝物役頭と女官長

女中頭たちのうちとくに重要な役職が、ハレムの宝物庫を管理し、女官長の右腕として働いた宝物役頭である。

19世紀になると、宝物役の女中たちと宝物役頭は名称と役割が乖離かいりして、実質的にはスルタンのそばに仕える侍女の役目を務めるようになる。このころには、宝物役頭は女官長をしのぐ権威を持つようになり、女官長が持っていた印章も彼女が携えることになった。