いつの間にか本物の国際問題に昇華しそうな気配

過剰にも思える反応の理由は、おそらく大翻訳運動の内容が、習近平政権のキャンペーン「講好中国故事」(しっかりと中国の話をしよう)に抵触するためだ。これは中国の体制や文化の優秀性、経済発展の素晴らしさなどを海外に向けて積極的に発信せよという方針で、最近では2021年5月にも習近平自身の講話で強調された。

政権の肝煎りで中国の素晴らしさを世界に宣伝しているときに、「戦争でウクライナ美女が中国に来る」だの「プーチンの覇気を称賛する」「日本に原爆を落としてやれ」だのといった正真正銘の「中国の声」が、各国語に翻訳されて全世界に流れたのではたまらない。当局の怒りの理由はこのあたりにあるのだろう。

「全世界にあまねく中国の声をよく聞かせられるように」と述べた習近平の講話を紹介する2019年1月10日付『中国共産党新聞』

いっぽう、中国の体制に批判的な『ヴォイス・オブ・アメリカ』『ラジオ・フランス・アンテルナショナル』など西側メディアの中国語版や、香港や台湾のメディアは、大翻訳運動についてかなり大きく報じている。たとえば3月27日付けのドイツの国際放送『ドイチェ・ヴェレ』中国語版は「大翻訳運動という一種の低コストな反抗」なる記事を掲載した。

この記事では、大翻訳運動のターゲットにされるような過激な言説について、中国当局の言論統制のもとでなおもバズっている点からしても、中国のウクライナ戦争に対する国内向けの立場やプロパガンダの方向性を示すものだろうと指摘している。それらを翻訳し、世界に向けて晒す行為の意義は大きいという評価だ。

本来は取るに足らないようなネットの「祭り」が、いつの間にか本物の国際問題に昇華しそうな気配である。

中国の「神奈川沖浪人」コミュニティが発祥

大翻訳運動をはじめた「浪人」たちの巣は、アメリカのBBS型SNS「Reddit」内に設けられていた、メンバー数5万3000人の反体制的な中国人政治オタクのコミュニティ「ChonglangTV」だ。

「Chonglang」は漢字で「沖浪」と書き、もとは「5ちゃんねる」に似た中国の大規模掲示板「百度貼吧」の「神奈川沖浪裏」というコミュニティが発祥だという。この名称の元ネタは、明らかに葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」だ。

葛飾北斎の名所浮世絵揃物『富嶽三十六景』全46図中の1図「神奈川沖浪裏」(図版=Katsushika Hokusai works in the Tokyo National Museum/Wikimedia Commons

なぜ葛飾北斎なのかは不明だが、一昔前までの中国のオタクが日本のアニメやゲームの影響を強く受けていたことも関係しているのだろう。さておき、この「神奈川沖浪裏」コミュに出自を持つネットユーザーたちが「浪人」を称している。

今年2月中旬、この「浪人」たちの間で、「ウクライナ美女」に関連した中国国内の恥ずかしい投稿を外国語に翻訳するプチブームがあった。

その後、「ChonglangTV」のメンバーがウクライナを支援するために募金を集めている行為を嘲笑する人物がいたため、一部の「浪人」たちがこの人物の個人情報を突き止めてネット上に暴露。結果、これがマナー違反とされて「ChonglangTV」は閉鎖されるのだが、メンバーの一部が大翻訳運動に流れることになった。