「公式データ」に表れないヘイトクライムの数字
ただ、都市に比べて、アジア系が比較的少ない南部や中西部の場合、「政府の公式データ」が実際のヘイトクライムの数字を拾い切っていないという根強い問題がある。
その背景にあるのが「ヘイト」に対する意識のアメリカの地域差だ。
そもそも、この情報化時代の中、FBIのものはなぜ「最新」が2年前なのか。南部や中西部などの法執行機関(州、郡、市など)がデータ提供に積極的でないのがその理由だ。
FBIからの再三の要請があっても協力的ではなく、その結果、FBIが前年の数値を発表できるのは、例年ようやく秋から冬となる。
FBIの数字は全くあてにならない
実のところ、ここで論じた数字そのものの増減すら、あてにならない。
アメリカには2020年の段階で法執行機関(州、郡、市の警察)は計1万8625カ所存在する。その中でのヘイトクライムの情報をFBIに提供したのは1万5138カ所であり、8割程度しかない。
面倒がってデータを提供していない警察機関も少なくないのだ。「政府の公式データ」があてにならないのが現状である。
さらに問題なのが、数字ですくい上げられていないヘイトも数多いとみられることだ。
ヘイトクライムは「社会構築」されるものである。「何がヘイトか」という認識が重要で、憎悪をどう実証するのかという点にある。決め手になるのが犯罪者の「心の問題」である分だけ、「嫌がらせ」にどれだけ悪意があるかは決める法執行機関が決めなければならない。
人種差別のひどい地域ほど、差別行為が事件にならない
その「ヘイト」に対する意識は、アメリカの場合、地域差がある。
政治文化の差もあって、「ヘイトに敏感」といえる都市部のヘイトクライムが多く認定されるのに対して、「ヘイトに鈍感」ともいえる南部や中西部諸州のヘイトクライムの数は極めて少ない。
アジア系の場合、比較的都市に集中しているため、南部や中西部の中でも田舎の場合、そもそもアジア系の数が少ないだけでなく、アジア系へのヘイトクライムが認定されずにデータとしてすくい上げられないケースも多々ある。
FBIの2020年のデータによると、ヘイトクライムの総数は8263件で、カリフォルニア州(人口約3950万人)が1339件、ワシントン州(同760万人)が451件、ニューヨーク州(同1940万人)が463件あるのに対して、南部のアラバマ州(同490万人)は27件、アーカンソー州(同300万人)が19件、中西部のワイオミング州(同57万人)が18件だった。人口の差もあるが、あまりにも差が大きい。
このうち、アラバマ州のヘイトクライムは2019年には何とゼロだ。同州は全米の中でも人種差別の度合いが最も悪質な場所の一つである。1960年代、キング牧師が人種差別を摘発していく公民権運動の拠点として選んだのが、同州のバーミングハム市だったのは皮肉といえよう。
このように「政府の公式データ」があてにならない中、カリフォルニア州立大学サンバナディーノ校の「憎悪と過激主義研究センター」はアジア系が集中する都市に絞って、速報的に毎年初めに昨年分を公開している。
その速さやFBIデータの不十分さもあって、このセンターのデータについてのニーズは高く、アメリカのメディアが頻繁に引用するようになっている。