中国人の成功を高らかに語る謎の教育

つぎに待っていたのは、その日に行なわれるふたつの教化コースのひとつ目だった。教室に入ったメイセムはすぐに、隅々に監視カメラが設置されているのに気づいた。生徒に向けられたその高性能カメラは、顔の表情やノートの文字まで読み取ることができるものだった。

午前9時、講師が教室に入ってきた。女性の講師は教室のまえに立った。生徒たちの机と教壇のあいだは金属棒で仕切られ、左右の壁近くには警備員がひとりずつ立っていた。合図でもあったかのように、生徒たちはいっせいにノートを開いた。講師は男性のグループのほうに眼を向けた。

「子どものころ」と彼女は尋ねた。「携帯電話を見たことがありましたか?」

生徒たちはほぼいっせいに、「見たことがない」と身振りで示した。男性がひとり立ち上がった。

「食べ物もありませんでした。電気も水もありませんでした。テクノロジーもありませんでした。テレビが何かすら知りませんでした」と彼はロボットのように抑揚なく言った。「わたしたちは党と政府に感謝しています」

男性は坐った。

「中国人の成功を見てください!」と講師は大声で言った。「ちがいを見てください。わたしたちの偉大な国は、あなた方の町、学校、道路、病院を建設した。わたしたちのテクノロジーを見てください! 以前のあなた方には何もなかった。チャンスがあっても、自分たちを向上させる術を何ももっていなかった。われわれ偉大な中国人は、あなた方を現代の世界に導いたのです! では、法律の授業をはじめます」

メイセムは教室を見まわし、生徒たちの無表情な顔を見やった。みな、個人的な意見を言わないよう調教されているかのようだった。

「ここ中国では、法制度によってすべての少数民族の平等が保障されています」と講師は言った。

「ソビエト連邦には、数多くの少数民族がいました。ところが、それらの少数民族を守るためのしっかりとした政策がなかった。よって、ソ連は崩壊しました。しかし、中国は強い存在でありつづけます。中国はあなた方を守り、中国はあなた方を大切にします。わたしの父と母には、7、8人のきょうだいがいました。わたしたちは貧しかった。しかし政府は、ひとりっ子政策によって国民を正しい方向へと導いてくれました」と彼女は言い、家族内の出産数を制限する中国の以前からの政策について触れた。

「いま、わたしは裕福になりました。ふたりの子どもになんでも好きなものを与えることができます。わたしたちは政府に感謝しなければいけません。みなさんはとても頭がいい人たちだ。いまだ道端で働いている多くの人々よりも、あなた方は賢い。みんな海外に行った経験があるんですから。だからこそ、わたしたちの偉大な国家はあなた方をここに連れてきたんです。毎日、みなさんにお会いできることを、わたしはとても誇りに思います。だって、みなさんに知性があるとわかっていますから。では、頭の体操をしましょう」

講師は2本の水のペットボトルを机に置いた。ひとつは空で、もうひとつは水で満たされていた。

「水で満たされたこのボトルは『水で満たされている』とわたしは言います。でも、こちらの空のボトルも『水で満たされている』とわたしは思います。みなさんはどう思いますか?」

ジェフリー・ケイン、濱野大道訳『AI監獄ウイグル』(新潮社)

生徒のひとりが手を挙げて立ち上がった。「両方のボトルが水で満たされています」

「すばらしい!」

メイセムは、眼のまえで行なわれている奇怪な心理ゲームについて理解しようとした。

この不快きわまりない刑務所はすばらしい場所だと講師はわたしたちを洗脳しようとしている、とメイセムは考えた。講師が良いと言えば、すべてが良いことになる。講師は、わたしたち自身の現実を疑うよう仕向けている。

室内のほかの生徒たちを見まわすと、みな無言で無表情のままだった。

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