警察官のひとりが静かにしろと叫んだ。

「この部屋には問題がある」と彼はまわりの人々に向かって説明した。「この場所はずいぶんと汚れている。掃除しなくてはいけない。誰か、掃除をしてくれる人は?」

数人の若い女性たちが机を拭き、床を磨きはじめた。率先して手伝いをすれば、警察に良い印象を与えられると思ったのだろう。

「おまえ!」と警察官のひとりが言い、50人ほどの人々のなかからメイセムを引っぱりだした。「どうやら、おまえがここでいちばん年下のようだ。おまえは窓を拭け」

「それが新たな問題のはじまりでした」と、メイセムは当時の様子について振り返った。「わたしはいちばん年下だったので、追加の仕事を押しつけられたんです。『政治について勉強する、と言われてわたしたちはここに連れてこられました。窓拭きをするなんて聞いていません』とわたしは抗議しました」

看守たちは苦い顔をした。「おまえはセンター長と面談だ」と看守のひとりがメイセムに言った。

メイセムは、すぐ近くにある再教育センター長の部屋に連れていかれた。センター長はぶっきらぼうに尋ねた。「地位の高い親戚は?」

「わたしは立派な家の出です」とメイセムは言った。

「きみは窓を掃除しなさい」とセンター長は無表情で応えた。「われわれは、きみを助けようとしているだけだ」

メイセムは拒否した。するとセンター長は机から書類の束を引っぱりだし、それから誰かに電話をかけた。

「若い娘がいてな、窓を拭きたくないというんだ。なので、そちらでしばらく教育してくれないだろうか?」

看守に導かれ、メイセムは廊下を抜けて外に出た。部屋を出るとき、ほかの被収容者たちが職員に訴えかけた。

「大目に見てやってくださいよ」とひとりの女性は言った。「まだ若い女の子なんだから」

建物の外にパトカーがやってきた。

「拘留センターに連れていけ」とセンター長は運転手に指示した。メイセムは以前にも、警察が「拘留センター」という言葉を使うのを聞いたことがあった。その夏に参加していた授業と同じような、プロパガンダのコースが行なわれる場所にちがいないと彼女は考えた。“拘留”という言葉がはるかに大きな意味をもつことなど、そのときのメイセムは知る由もなかった。「そっちのほうが、彼女に合っているはずだ」

反抗すると拷問器具に数時間拘束される

「午前11時ごろでした」とメイセムは言った。

「そのころになると、大きな怒りが込み上げてきました。つぎに、失望と悲しみが交互に押し寄せてきた。わたしは車の後部座席に坐り、故郷の街のほうに眼を向けました。すると、どこからともなく涙があふれでてきて……もう自分では止めることができませんでした」