原油価格の高騰からさまざまな噂が流れ、「日用品が買えなくなる」とパニック状態になった消費者が小売店に殺到した。その影響で食品在庫もさばけ、麻婆豆腐の素も売れた。これが全国各地の人が味を知る一因となった。

日本の麻婆豆腐は家庭から浸透し、今では町中華の定番メニューにもなっている。

社会の変化で生まれた「時短料理」が追い風に

半世紀前の発売時は「料理は女性が作るもの」という価値観が強かった時代。まだ専業主婦も多く、夫の両親と同居する家も目立った。

現在、女性の就業率(15~64歳の生産年齢人口)は70%を超えているが、1970(昭和45)年は52.8%。男女雇用機会均等法元年の1986(同61)年も53.1%とほぼ同じだ。ただし当時はパートタイムで働く女性(特に主婦)も多く、総じて夕食の支度は行っていた。

撮影=プレジデントオンライン編集部
「商品開発では簡便さに対応する一方、少し余白も残しておきたい」と話す村上さん

「高度経済成長期となり、ファミリーレストランができて外食のメニューも多様化しました。家庭内の食卓も洋風化していき、上の世代が食べなかったメニューも浸透。時代の変化が麻婆豆腐にも追い風となり、受け入れられていきました」(村上さん)

同商品の風味を時系列的に紹介すると、発売時は現在も一番人気の「麻婆豆腐の素(中辛)」のみで、70年代に「甘口」(1978年)、「辛口」(1979年)を投入していった。

丸美屋の開発者たちは、調理時間を短くする「食卓改革」を目指していたのだろうか。

「当時はそうした意識はなく、『この新しいメニューをみなさんに食べていただきたい』信念だったようです。麻婆豆腐の素の発売35年に際して単行本も制作し、先輩方にも話を聞きましたが、未知のメニューの浸透に力を注いだ思いを語っていました」(同)

結果的に食卓メニューの進化となり、調理時間も短縮された。この間に世代交代も進み、従来の固定観念も薄れた。現在は「1人暮らしの男性もよく作る料理」となっている。

あえて「すべての具材を入れない」ワケ

生活文化の視点では、世の中全体が気ぜわしくなると、さまざまな分野で「時短」が進む。

例えば従来型の理容店に代わって「1000円カット」が浸透し、髪を切るのに平日の隙間時間を利用する人も増えた。衣類ではコート類をクリーニング店に出す人が減り、自宅の洗濯機で洗えるような重衣料が人気となっている。

家庭内の調理では電子レンジが重要度を増し、“レンチン料理”もなじむようになった。一方で「揚げ物は買うもの」という意識も進み、とんかつは総菜として人気だ。天ぷらは「ふだん、きちんと料理する女性層にも天丼弁当が好評」(天丼チェーン店)という話も聞いた。

豆腐や野菜も近ごろはフリーズドライ製法で多くのレトルト食品に入っている。こうした時代性に食品メーカーとしてどう向き合っていくのか。