弱者が公助にたどり着くまで高いハードルがある

――仕事をしながら介護をするには施設やデイサービスなどに頼らざるをえないのでしょうが、相場さんは厳しい労働環境で働く介護スタッフを描いていますね。

もともと介護の仕事は、低賃金、長時間労働、人手不足で敬遠されていました。それが不景気になり、定収入を求めたい人たちが介護業界に入ってきた。いま、介護業界はラストリゾート――最終的な選択肢と呼ばれているんです。

取材で、シングルマザーとして2人の子供を育てながら介護施設で働く女性に話を聞きました。彼女は、子供が生まれるまではキャバクラで働いていたそうです。その後、シングルになり、介護の仕事をはじめた。ただ、子供は小学生だから託児所を利用できない。夜勤はどうしているのか、尋ねたんです。そうしたら、同じ境遇の友達と子供を預け合っていると話してくれました。個人的な人間関係に支えられて、仕事を続け、子供を育てていた。自助と共助で生活を維持していました。

撮影=宇佐美雅浩
相場英雄さん

――そうした人たちをサポートする公的な仕組みはないんですか。

そこが難しいところで……。彼女はスマホでゲームはするけど、自分がどんな支援を受けられるか検索をしないみたいなんですよ。国や自治体も積極的にアピールしていない上に、ユーザーフレンドリーじゃない。たとえ調べても、小難しい役人言葉で書かれているし、自分がそこに該当するかわかりにくい。申請も面倒くさい。公助にたどり着く前に諦めてしまう人も少なくないようです。

介護業界は若者のやる気や善意を利用している

介護業界については、高齢者デイサービスセンターを運営した経験もあるノンフィクション作家の中村淳彦さんに教えてもらいました。中村さんの言葉が介護業界で働く人たちが置かれる環境を端的に表していた。

「介護業界は、善意に溢れ、やる気に満ちた若者の心を監禁するんです」

相場英雄さん(撮影=宇佐美雅浩)

介護業界には人の役に立ちたいという人が入ってくる。彼らの善意や、やる気を利用して、低賃金で長時間の労働を強いる。コロナ禍でデイサービスの利用を控える高齢者も多いので、経営は厳しい。そんななか本来、支払うべき手当などを出さない事業所や施設もあると聞きます。

そんな実態を知り、ある居酒屋チェーンを思い出しました。「夢をかなえよう」「仲間と一緒にがんばろう」……そんな中身のないふわふわした言葉で、自己承認欲求が満たされない若者を非正規の労働者として利用する手口と同じだな、と。

スタッフのやりがいや善意を当てにして、厳しい条件で働かせる。高齢者はそうしたなかで介護サービスを受ける……。そんな構造がいつまでも持つわけがない。高齢者施設での虐待がニュースとしてよく報じられますが、必然なのかもしれないと感じました。